インスタ映え って本当か?

年越しの渋谷がすごい人混みだった、とワイドショーでやっていた。その時のテロップが「インスタ映え狙い、若者渋谷に集合」となっていて若干の違和感。
いや、別にインスタ映え狙ったからって渋谷に集まるわけじゃないだろう。結果的にインスタ映えになる、ってだけで、初めからそのためにわざわざ自分の行動を変える人って極少数なんじゃないかと思う。そこに行く目的が「美味しいものがある」、「見たい場所がある」が先にあって、結果「インスタ映えにもなるし、ね」という思考をするのが当然の流れだろう。

日経新聞でも若者の消費離れな記事があって、レンタル友達を使ってSNSのいいねを狙う女性のことが書いてあったが、月に50件くらいあるというレンタル友達のサービス、Facebookのアカウント数は2800万、インスタグラム2000万(17年11月Gaiaxサイトより https://gaiax-socialmedialab.jp/post-30833/)あるのに対して、50件では「流行っている」とは決して言えないだろう(むしろこのサービスを利用する主な顧客は、SNS映えを狙うひとたちよりも、複雑な事情で家族や親戚あるいは会社の上司向けに仮のパートナーを用意しなければならない人たちのように思う)。それだけで「今の人の大多数はSNS映えを意識して生活している」とは言い切れない。

スヌーピーのグッズ販売会「ありがと祭」(そごう大宮)に行ってきた。実際にスヌーピーが来て写真撮影ができる日だったので、開店と同時に結構な数のファンが撮影会の整理券を求めて売り場に集まっていた(僕もそのひとりですが)。親子連れが多いのかな、と思っていたが、大人のファンも多く、本格的な一眼レフカメラを手にしている若い女性が来ていたりもした。会場も、撮影スポットがいくつか用意されていて、それこそ「インスタ映え」を意識したつくりに。でも会場に集っているのは単純にスヌーピーが好きな人たち。その中で、自分がここに来た記録と記憶を残そうとしているだけで、スヌーピーにまったく興味のない人がSNS映えがするからとわざわざ集まってきているわけではない。

渋谷で年越ししようと思った人たちも、ただ単に楽しいから、仲間がいるから、渋谷に集まっただけだろう。それを「インスタ映え狙い」としてくくってしまう伝え方に僕は違和感を持ってしまった。それは物事の根本を見誤る可能性が高いから。
そのズレは、ものづくりだったり、流行だったりに良くない影響を与えてしまうと思うのだ。おおげさに言えば、物事の本質を、そしてその良し悪しを正しくつかむことができなくなってしまう可能性が高い。

2017年の流行語にもなった「インスタ映え」を主軸にしたい気もわからないではないが、それを使わずとも渋谷の年越しの騒々しさは伝えられる。そしてSNSを意識しなくても、良いものは自然とSNSで広まる。という前提を(特に物事を生み出す人たちは)忘れないでほしいと思った新年だった。