投稿先によって書き方がかわるということを『その可能性はすでに考えた』で考える。

昨日のブログは、以前その映画(『恋はデ・ジャブ』)を観た直後に備忘録的に書いておいたものだが、そういう自分のすでに書いていたものを“発掘”する形で毎日ブログをこなしていこうかと思っている。

で、僕は一時期、読書してはその感想を書き留めておいたのだが、そのうちのいくつかを「ブクログ」というサイトで公開していた(というか現時点でも公開している)。
今日はその中から、ドラマ「探偵が早すぎる」を先日取り上げたので、同じ原作者 井上真偽の小説『その可能性はすでに考えた』の感想を転載してみる。

『その可能性はすでに考えた』2015年11月9日
事件の謎は「奇蹟」が起こしたことを証明するために、あらゆる全ての可能性を否定して事件を解決しようとする探偵、上笠 丞(うえおろじょう)。
裏社会の大物である(そして美女でもある)フーリンとともにひとつの事件が「奇蹟」によって起きたことを証明しようとします。
依頼された事件が、「カルト宗教団体の首切集団自殺」にまつわるという、猟奇的かつ特殊性の高い事件という点で、すでに荒唐無稽ではありますが、さらに、その事件のトリックの仮説をたてるライバルが次々と登場してきて、ミステリーというより「推理格闘小説」の様相を呈してきます。
このライバルたちが、またひとくせもふたくせもあり、お互い奥義を出し合うかのようなディベート合戦が繰り広げられます。
もともとの謎が突飛なこともあり、仮説もかなり暴論ですし(さらに小難しい点もあり)、反証も詭弁のような感じはしますが、読者がしらけない程度のレベルを保っていますし、合間に挿入される薀蓄の数々に、思わず読み進めてしまいます。
またダークかつハードボイルドな雰囲気の中で、アニメやゲームのキャラクターのような人物を登場させ、挿絵がないのにビジュアル的なかっこよさが感じられます。
とはいえ、普通に謎解きを楽しむ作品ではないし、トリックを想像する楽しみは少ないです。
ただ、その屁理屈にも似たディベート合戦と、後半にかけてたたみかける超展開は、他でなかなか味わえない愉快な物語でもあります。

うーん、なんだろう。
書いた内容はなんとなく覚えているし、確かに自分の文章っぽいんだけれど、このブログや備忘録で書いたものとはだいぶ違う感じで違和感がある(よそいき感と言ってもいい)。
その理由を考えてみると「ブクログ」って自分の読んだ本を人に紹介するのが目的のサイトだから、あらすじを書いたり、文体をですます調にしたりして、親しみやすく本を紹介しているから、だろうと思う。
これは「ブクログ」に書いている人たちがみんなそう、というわけではなく、自分が「本を人に紹介するときどう書くか」と考えた結果、こういう文体になったということだ。
どっちかいいかはわからないし、書きやすさ書きにくさもさほど変わらないが、単純に、投稿先によって文体が変わるのが自分のことながら面白いと思った。
それと同時に、自分の書いたものだから、そのままこのブログで使おうと思ったけれど、手を加えないとダメじゃん。とも。なかなか楽はできない。

そんなわけで過去文章をサルベージしつつも、自分の考える「ブログっぽい」文章でこれからも書いていこうと思う。
だんだんとこなれていけば良いのだけれどね。