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折返しの休み

個人的にGWらしさはまるでないけれど、期間中の貴重な休み。

昨日の疲れもあって、8時半に目覚ましをかけたものの、なかなか起きられなかったり、洗濯したりシャワー浴びたりしてる間にあっというまに10時半になってしまう。今日こそ部屋を片付けようと思っていたのだが(ここまでくるとやるやる詐欺だね)、断念する(諦めも早い)。
ただ、ずっと気がかりながらも手を付けていなかった、MacのHDDのフォーマットをMacでも書き込めるようにする作業をした。調べてみたら再フォーマットするだけだったのだけれど、やったことないことをやるのは勇気がいるよね(自分が臆病なだけか)。せっかく買ったHDDがこれまで何の用も足さず、本体の容量が減っていっていたので、これでようやくストレージ不足の悩みから解消されそうだ。いらないデータの整理もしないといけない。

昼に出かけて、友人二人と一緒に、地元の台湾ラーメン屋「味世」で、新メニューの「台湾つけ麺」を食べた。
今までは「アメリカン」という、辛さ控えめの台湾ラーメンを食べていたのだが、今日はつけ麺ということもあって通常の辛さのものを注文した。
辛いもの好きだけれど、さほど強くはないという僕でも、つけ麺だったらこの辛さでも美味しくいただけた。それでもしっかりした「辛さ」はある。
このお店では辛さ度が唐辛子のイラストで表示されているが、「アメリカン」が辛さ2に対し「台湾ラーメン」が辛さ5。
そこから考えると、僕にとって一番いい辛さは3~4かも、と思った次第。
辛さを調節してくださるそうなので、次回は4でお願いしてみようと思う。

その後は一人で練馬のブックオフ&TSUTAYAへ。
なぜ、わざわざ練馬まで行ったかと言うと、近所のブックオフでは探していた本がなかったから。果たして、行ってみたら、目的の本を見つけられたのでラッキーだった(スーパーセール中だったしね)。
それからTSUTAYAは、石神井公園店にはTrySailのセカンドアルバムが置いておらず、どうせブックオフに行くならその上にあるTSUTAYAにも寄ってみようと思ったのだ。
これまた果たして、目的のTrySailのセカンドアルバム『TAILWIND』が置いてあったのでラッキーだった。
ついでに旧作10枚で1000円というキャンペーン中だったので、前から借りたかったCDを物色してみたのだけれど、自分にとってCDを10枚借りるってなかなかしんどい行為なんだとわかった。
結局時間をかけてやっとこさ5枚選んで帰ってきた。
TrySailのアルバムはこれで3枚すべてをレンタル済み。なぜTrySailの曲を聴いているのかは、その理由はいずれまた(もったいぶり)。

帰宅して、借りてきたCDを取り込んだり、本日2度目の洗濯をしたりするうちに夜になり、今晩はマックとチュカロのマリアージュ(こう書くとなんだか高尚な食事のように聞こえるな)をしようと思っていたのだが、台湾ラーメンが思ったより腹持ちがよく(っていうかやっぱ辛すぎだったんじゃね?)、あまりお腹が空かないので、痩せチャンスだと思ってパスタとワインで晩酌。

明日はほぼフル勤務で、明後日は往復3時間ぐらいの外出仕事があるので、無理せずに英気を養うのだ。

GW後半戦も通常営業。しっかり頑張りましょう。

MC業務

今日は「本職」だけれども、ちょっと系統の違う仕事で頑張った。

プロオケの現役ヴィオリストであり、ヴォーカルとしても活動中のtacacoさんのコンサートのMCを務めたのだ。
事前に、トーク内容を打ち合わせしていたものの、本番では予定通りにいかないのが常である(それは先日の自分のライブ出演でも感じたことだ)。
ただ、しっかり打ち合わせをして、準備していたということと、tacacoさんとの信頼関係のおかげで、なんとか思い通りに近いMCをこなせたと思う。

そもそも、しっかりMCそして出演者とのかけあいをやろうと思ったのは、お客様がより音楽の世界に浸れるような手助けをしたい、より楽しんでほしい、という思いがあったからだ。
演奏を上回るほど主張はしないが、なんとなく「MCも面白かったな」と思ってもらえるラインを狙ったので、公演後のアンケートを読む限り、そのあたりは目的を果たせた感じで小さくガッツポーズ。

そして反省会という名の打ち上げを経て現在に至る。
結局、やれる部分はやれて、できない部分はできない、という当たり前の結論に達するのだけれど、それでも丁寧な段取り(準備)と、きちんとした意図があれば、そうそう外れないものはできるのではないか、という自信にもつながった。

それにしても、きっちり「笑いをとりにいった」ところで、笑ってもらえるのは想像以上に気持ち良かった。
たくさんの方々に感謝しつつ、次回、またこういう機会をつくって、観客の方々が、より音楽を楽しめる時間をつくりたいな、と思っている。

平成の終わりに

20年前に知り合った、歌関係の友人たちに会いに行った。

かつて、今はなき某音楽専門学校の社会人クラス(カルチャースクールに通うようなもの)で出会ってから、アカペラをやったり、なにかと音楽交流をしていた仲間で、ずっと一緒にいるわけではないし、途中数年の“音信不通期間”もあるのだが、それでもまだ交流があるというのはなかなか貴重だ。

昨年の8月に2年ぶりに再会して、その時の近況報告も(2年という月日があるから)、人生って人それぞれだなーということを思ったのだけれど、今回はさらに衝撃的な話になり、僕との人生の“密度”の違いを激しく感じたのだ。

非常に曖昧な表現になってしまうが、結局、昨日のブログでも書いたように、人生においての重要度のつけ方によって、その“密度”がだいぶ変わってくるのだな、と再確認させられることになった。
逆に言えば、この友人たちと比べて、僕の人生は、ちゃんと自分の身の回りのことに向き合えてない。
というか、身の回りのことと、遠いところのものの重要度の差があんまりないので、どれもこれも“薄っぺらい”感じがするのだ。

僕は、雑学に長けていると言われることが多く、それは長所だとも思っているけれど(クイズとクロスワードが得意です)、その分、本当に向き合うべきことがなんなのか今ひとつわかっていないような気がする。
注力すべき部分が曖昧なので、時々、ここぞというポイントで本領発揮できる人を羨ましいと思うのだ。
そして自分もそうありたいと思っている。

友人たちの人生は“濃い”けれど、その分やや複雑で、それが良いか悪いかは後になってみてはじめてわかるのだろうけれど、「人生」ってそういうものだよね、そういう「人生」やりたいよね、という気持ちにさせられた。

より目の前のことに真剣にならねば。
そういう思いにさせてくれるという友人に感謝する出来事で、平成は過ぎ去る。

ちなみに平成最後の食事は「サイゼリヤ」でした(カルボナーラ)。

平成最後

前にも書いているように、だからといって、とりわけ感慨深いものはないのだが、昭和生まれとはいえ、人生の大半を平成で生きてきたわけで、自分の思い出のほとんどは平成の出来事だったりする。
昭和が終わり、「次の元号ってなんだろうな?」と友達と言っていた頃のことを思い出したりもする(「明和」が第一候補でした)。

さて、そんな昔のことはわりとどうでもよくて、つらつらと最近のことを書いておこう。なんてったって平成最後のブログだからね(便乗感まるだし)。

ネット断ちを始めた。
いや、ブログ更新してるじゃん、っていう矛盾が生じていますが、そういう意味でなくて、ダラダラとネットサーフィンしたり、ツイッターを見たりするのを控え始めたのだ。

ネットは恐ろしい。最高の時間泥棒だ。
さきおとといも、ライブの打ち上げから帰ってきて、ブログを更新し、歌(とギター)の練習始めようと思いつつネットサーフィンして、気づいたら2時間近くナイツの漫才動画見てた(いや、ナイツに罪はない。それだけ面白いってことですよね、ナイツ)。

もちろん、そうやって余暇を楽しむのも人生において必要だし、腹抱えて笑って心のデトックスもできたのだけれど、本来自分がやるべきだった、むしろやりたかったことが、「別に今やりたかったわけではない」ことにとってかわってしまう危険性が(インプットとしての)ネットにはある。

これはテレビを見なくなった理由でもあるけれど、ネットニュースやツイッターで流れてくる「興味はあるけどマストではない情報」に煩わされて、もっと大切な「自分の身の回りのこと」と、一般的な「情報」の重要度が同等化されてしまうのだ。
僕も今の社会や、世界の動き、事件・事故、芸能情報などに一家言ないわけではないけれど、それよりも自分の大切な「やるべきこと(=やりたいこと)」を、まずやらなきゃいけないという思いが強くなっている(歳のせいですかね)。

かつて7ヵ月くらい無職だったことがあって、その時、僕は色々と自分の夢のためのことをやろうと思っていたのだが、思い起こせば、さきおととい同様の「ネット漫才動画」閲覧と、「マインスイーパー」で一日終わっていた思い出のほうが大きい(「マインスイーパー」ぶっつづけで3時間くらいやったことある)。

今、それやってちゃダメじゃん!

そういう思いで、アウトプットとしてのネットは使うけれど、インプットとしてのネットは控えようと思うのだ。
それは、情報を制限することになるから、セレンディピティ的な出会いは減るかもしれないが、ただそうやって情報を絞った中でこそ、本来のセレンディピティが生まれるという場合もあるだろう。

あと昔からネットの世界って、ディスりの情報のほうが大きかったけれど、最近は特にそういう情報や「煽りあい」が目立つようになって、その“負”のエネルギーにアテられてしまうという部分もある(これがいわゆる「ネット疲れ」なのかもね)。
個人的には、どんな情報にせよ、感情的になっている情報は、話半分で考えておいたほうがいいと思ったりする。
これはネットにどっぷりつかった今、思いつく“知恵”だ(知恵は大事)。

とか宣言しながら、今朝も、つらつらとツイッターを30分ぐらい見てしまったのだが、まあ昭和のキャッチフレーズよろしく、令和は「ネットは1日1時間!」という感じで行こうと思っている(「ゲームは1日1時間」守ってなかったけどね)。

ところで、今月のauのデータ残量が昨日で0.00GBになってしまって速度制限がかかっているのだが(平成初にして最後)、だからネット制限するとか言っているわけではないですからね!
ホントダヨ!

便乗

平成最後の出勤だった。

だからといって何の感慨もなかったけれど、今日が元「昭和の日」だと思うと、けっこうな時代を生きてきちゃったなー、みたいな思いがなくもない(まだまだ若輩者ですが)。

ゴールデンウィークはほぼ通常営業な上、今週は2つほど自分が中心になって企画したイベントがあるので、より一層頑張らねば。

そんなわけで令和も引き続きよろしくお願いいたします。
(まだブログ1日あるけどね)

C級ワイン探訪記『カルロ ロッシ ダーク』

「カルロ ロッシ」という名前からすると、イタリアワインっぽい感じもするが、カリフォルニアのブランドだそうだ。

このブランドは日本でも何年も前からデイリーワインの定番で、一時期よくCMを見かけた覚えがある。
以前に飲んだことがあるものの、とくに印象がなかったのだが、今回「ダーク」というものがあったので、購入してみたのだ。
購入前に気になったのは、瓶ではなくペットボトルなこと。そのあたりにチープさを感じるが、ペットボトルワインがどんなものか、ということの検証も含めて買ってみることにした。
ぶどう品種の記載はないが調べてみたら、ルビー・カベルネ、バルべネ、テンプラニーリョのブレンドのようだ。

また、「カルロ ロッシ」は前述の通り、ぶどうの産地はカリフォルニアなのだが、原産国名はオーストラリアというかわった経歴で日本に輸入されているのだ。
ルビー・カベルネはカベルネ・ソーヴィニヨンとカリニャンの交配種、バルベネはイタリア、テンプラニーリョはスペインの品種らしく、それもまたワールドワイドな感じがするが、カリフォルニアのぶどうをオーストラリアでワインにしているのだろうか(どういう経緯かまでは追いかけられなかった。ご存知の方、教えてください)。

さて、まず単独で飲んでみると、いままでのC級ワインと味わいがだいぶ違う。
一番は濃さの違い。他のワインに比べて格段に濃い印象で、口に含んだ途端にひろがるぶどう感が強い。いわゆる“まぜものアルコール感”が若干あるものの、濃さが勝つのでほとんど気にならない。甘みが強く、酸味少ない。単純に美味しい。
ただ、単独で飲み続けるとなると、味が強すぎる。それはフルボディだからだろうけれどね。ちょっとしたおつまみ(チーズとかおかき)とともにじっくり飲みたい。

さて、マリアージュだが、マックフライポテトそのままだとワインが勝つ(もうこの企画、マックとしか合わせてないな)。ケチャップつけたポテトでイーブン。ケチャップの甘みで、ワインの甘み(果実味)がひきたつのだ。
なんかマリアージュというよりはデュエルな感じもする。お互い「負けられない戦い」をしているような感じ。

チキンマックナゲットそのままだと相性はいまいち。マスタードのナゲットと一緒だと美味しい。
ここから推察するに、酸味と甘みのある味付けのものと合うはずだ。
ワインの甘みがひきたってワインがより進むし、飲んだ後、食べた食材のうまみを後追いで感じられる(ちなみに、マスタードソースをつけたポテトとはまあまあ)。

で、今回、マリアージュする目玉は、新発売の「グランドビッグマック」だったのだが、これがびっくりするぐらい“普通”だった。
グランドビッグマック自体も、まあ「大きくなったビッグマック」以上でも以下でもないのだけれど、一瞬「奇跡のマリアージュ」を期待してしまった自分がいたのだ。ハードルを上げすぎたのかもしれない。

さて、そうやって飲んでみた「カルロ ロッシ ダーク」だが、これには後日談がある。
このブログを書くために、記録しながら飲んだのが4月の半ば。
でも、そのあと、このワインの味が忘れられずに2本ほど買って飲んでいるのだ。実はこのブログを更新している今も飲んでいる。
つまり、このワインは僕にとって「お気に入りの1本」になったということだ。

で、いちおしC級ワイン「チュカロ カベルネ・ソーヴィニヨン」に勝っているのかどうか、ということだけれど、これは次回まで持ち越しとさせていただこう。
次回「チュカロ カベルネ・ソーヴィニヨン」について、他のC級ワイン同様のレビューで、比較してみることにする。
そして、それが「C級ワイン探訪記」シーズン1のラストレビューでもあるのだ。

次回、刮目して待て!(大袈裟)

DATA:
カルロ ロッシ ダーク
オーストラリア産ワイン
購入場所 サミット
価格 468円(税抜)

ひとり反省会

発表会(のようなステージで)歌ってきた。

毎度わかってはいるけれど、結局、舞台の上に乗ってしまえば、準備してきたこと以上のことはできない、という事実だ。
歌う以外に、曲のコメントをしないといけなかったり、寸劇を入れてみたりと、「その他」のことで集中力が欠けた、というエクスキューズもあるが、それでも「もうちょっとできたかなー」という思いはある。
それでも、まあ「できた」部分で形にはなったと思うから、それはなんやかんやと培ってきた経験が、その補足をしてくれたのかもしれない(ただ、それは不確定要素だ)。
できた部分とできなかった部分をきちんと分析して次回以降につなげたい。

それと、いろいろな方々のステージを見て、やっぱり自分に一番足りないのは結局「場数」だろうと思う。
自分が頭に描いたステージングを、実際に実現するためには、もっと場数が必要なんだろう。
同じステージに上がった人の中には、打ち上げもそこそこに、そのまま別の練習に出かけて行く人もいて、そういう姿勢を自分も見習っていかなければいけない。

なので、僕もちょっと早めに帰宅して、ひとり反省会。

鉄は熱いうちに打て。
今日から動き始めよう。

はらへった

普段は朝食を食べないのだが、今朝はやたらお腹が空いたので、卵かけご飯とみそ汁を食べた。

昨日の夕飯が少なかったわけではない。むしろ食べたほう。
マックフライポテトと(またマックかよ)チキンナゲット5ピース、それと実家からもらってきたカレーを軽めの量食べた。
それから、ワインを1本空けた(ダメだとわかってるのにね)。
典型的な二日酔いにはならなかったけれど、アルコールのせいで、みそ汁が飲みたかったのだけかもしれない。

で、いつもは朝食抜きでも、ランチは14時くらいと遅めで、それでもたいしてお腹は空かないはずが、これまた今日は12時過ぎには空腹になって、13時に昼食にした。カレーうどんを食べた。

夜は、明日が歌の本番だから、その打ち合わせも兼ねた会合で、そばを軽くいただいたのだけれど、帰り際にまだお腹が空いていたので、冷蔵のピザを買って半分食べた。

そんなこんな空腹に気を取られていたら、ブログを書くのを“すっかり”忘れていて、今慌てて書いているのだ。
ピザ食べ終わって、本読んでたよ。そのまま寝るところだったよ。危なかったよ。

なぜにこんなにお腹が減るのだろうか。
体重を旅行から帰ってきた後のピーク時から3kg減らしたのだが、早くもリバウンドの魔の手が迫ってきているのだろうか(でも腹減るもんね。しょうがないよね)。

明日は本番。そしてひと月後は健康診断。
なんとかそれまでは、体重維持&減量で過ごせますように。

反比例

平成最後の休日。

嘘です、4/30が休み予定。
そういいつつも、それなりに充実した(?)休日ではあった。
あさってに人前で歌うので、その予習をしたり、来週は司会業をするので、そのためにしゃべることをまとめたりしたりした。
それからブックオフで気になる本を物色したり、6月の仙台旅行の予定をたてたりと、趣味と下準備に費やした日。

そうやって、やったことが多いとブログが充実するかというと、そうでもなく、逆にブログに詳細を書くことがはばかられて、こう淡白な出来になってしまうという現象が起きる(かといって、ブログが充実してたら、リアルがしょぼいというわけでもないんだけどね)。

ともかく、色々とチャレンジするGWに向けて、準備ができる唯一の休みだったりした。そして、それなりに使えたかなーという気がする。

そんなわけで気を引き締めて、世間の言う10連休に突入しようじゃありませんか!

 

アンリアルタイム

このブログはリアルタイムで(当日に)更新しているが、内容がリアルタイムなわけではない。

たとえば、昨日の「C級ワイン探訪記」のワインを飲んだのは先週の話だ。
その日に飲みながら書いたメモを頼りに、いろいろと思い出しながら昨日書き上げたもの。基本、性格的に「書き溜め」ということができないので(追い詰められないとやらないタイプ)、前もって大半書いておいた場合もアップ当日に大幅加筆訂正している(生放送みたいだけど、直前の録画である「ワイドナショー」のような感じだと思ってください←ホントか?)。

逆におとといや、さきおとといのブログはその日、まさにアップする直前に始めから最後まで書き上げたもの。
ほとんどの記事は、当日書いて当日アップな感じで書いてはいるけれど、先に骨子だけでも書いておいたほうが、若干内容の濃いものが書けているような気がする。
読み返してみると最初に書いた時には気づかなかった感情に気づいたり、忘れていた物事を思い出したりするからだ。そこらへんが、ツイッターやFacebookの書き込みのようにフローで流れてしまうSNSの投稿とブログの一番の違いのような気がする。
それと、やっぱりブログの文章だって、再考は必要なのだ、ということだ。
おそらく前日に翌日の分をある程度書いて、当日に書き直してアップというのが一番旬も逃さないし、内容も充実するようになるのだろう。そこを目指してみます(ブログ1年以上続けて気づいたのやっとここ)。

で、そういうことを書こうと思って、これを書いたわけではなくて、単純に「そんなに飲んでばっかりいませんよ」ということを主張したかっただけですけどね(でも昨日もしっかりワイン飲んでた)。