格安で格落ち感

povoになったよ。

自宅に無制限の高速Wi-Fi入れたので、ポケットWi-Fiの必要性が減り、これを解約しようと考えていたものの、なんだかんだで外出中に月10G近くは使ってしまうので、解約してもストレスなくギガを使うには、今のスマホのギガ容量をあげなければならない。

僕はauの古いプランをずっと使っていて、ギガ容量は3G。
auブランドの格安スマホ「povo」にすると容量が20Gに増えて値段も安くなるから変えちゃえばいいんだけど、厳密にいえばauのサービスは受けられなくなる(らしい)という一抹の不安があって逡巡していたのだ。

そんなわけで、天ちゃんのリサイタル行く前のモスバーガーで、povoの先輩である江戸川台ルーペにそのあたりを聞いたところ、「そんなもんネットで秒で変えちゃえばいいんですよ」と『キッズリターン』でのモロ師岡みたいなトーンで言ったので、若干の怪しさを感じたものの、「まあ、こういうのは失敗してわかるもんだ」と(失敗を前提に置くと気持ち前向きになるよね←なっちゃダメ)思い切ってその場で変えた。ルーペさんが言うように、秒で変更できた。

なんだろうね、この都落ちした感覚は。

まあ毎月20Gで、料金も今より安いし、なにせポケットWi-Fiを解約すれば月6000円ぐらい節約できる。使わないサービスへの無駄払いはどんどん省いていかないとね。

あまりにあっけなく契約変更したので、今朝になってみて、ホントに変更されてるのかわかんなくてやや不安になった(あれは夢だったのではないか、と)。
ただ「my au」っていうサービスアプリ開いたら、povoのお客様はうんたらかんたらと書いてあったので、できたんだと思う。
あとSMSもきたし、後々povoのアプリ入れたら残り容量表示されたから大丈夫そう。

で、そうなったら今のWi-Fiをすぐ解約しなければならない。
善は急げと調べたところ、解約方法は電話のみ。
ネットに繋がるサービスの解約を電話でするの?
「さては全然繋がらなくて解約できない罠なのでは」と不安になったが、あっさりワンコールでつながった(平日午後)。

予想していたものの、結構な違約金(えっと、飲み代3回分ぐらい?)が発生して、それを回避するためには〜と、アレコレ新プランへの勧誘もされたけれど、続けてしまうと、やっぱり多少なりとも月額いくらか払うのが2年続いてしまうので、きっぱり縁を切った。
このWi-Fi会社は、最初のサポートセンターの人の受け答えがとても感じ悪くて、悪い印象がずっと続いてしまっていたのだけれども、サービス自体に特に不満はなかったよ。今日の人も丁寧だった。

でも違約金って言葉は、払う額以上になんか「約束破り」な印象があるよね。この言葉が解約を先延ばしにしてしまう一番の原因な気がする。
お互い納得ずくで分かれるのにな(言い方)。

というわけで、今日から格安スマホに変更。今のところ、問題なさそうではある。
唯一、都落ち感は続いてるけどな。

2020開会式

東京オリンピック開会式を、後半から見た(1時間ちょっとかな)。

なんというか、総合的に僕の嫌いな「学園祭実行委員」のノリを感じた。
知ってる曲が流れるのは素直に「おおっ」ってなるけれど、単なるファッションとかアイコンで使われてる感じがした。

コミケが金になると思って、物見遊山で入ってくるメディアとか芸能人のあのノリ。“ウェイ系”の人たちがサブカルを消費しはじめる、あの嫌なノリを感じた。
「楽しさ」を感じる部分が違うんですよ。
こっちはこっちで楽しくやってるんだから、そこを「俺らも理解してるよ、楽しいよなー」っていう見当違いなウェイ系のノリで消費すんなよ、って思った。

ピクトグラムのは、1964年の東京オリンピックから始まる導入の映像は良かったけれど、パフォーマンスは正直スベったよね。中の人たちの身体能力は相当高いんだろうけれど、慌てて時間に合わせてるからか、映画泥棒みたいなキレキレな動きは感じられなかったし「頑張ったで賞」しかあげられない。
もうちょっと尺をきっちり取って、中の人のパフォーマンスを見せてあげてほしかったな。あと、なんとなく「ラーメンズ」案件っぽさを感じた(ラーメンズに対する印象、合ってる?)。

同じくSNS界隈みると小林賢太郎案件らしいが、なだぎ武のくだり。
なだぎさんは好きだし良い役者さんだと思うが、あのコントみたいなのはいらない(何一つ演出の効果を感じない)と思ったし、劇団ひとりの出る映像もリアルタイムで各地のランドマークの照明が、映像と連動してライトアップされるならすごいけれど、違うでしょ?
なら、それは入れる必要感じなかった(荒川静香が出たときだけ「おお、荒川静香だ」って言った)。
あと、森元会長案件と思われる海老蔵の歌舞伎も、歌舞伎知らない自分でも、歌舞伎ってああじゃないよなと思うような無理くり取り入れた感じだった。

聖火リレーで言うと、印象的だったのは王、長嶋、松井の揃い踏み。
僕は巨人ファンじゃないが(むしろアンチ)、それでもこの3人が並ぶ姿は画として良かった。
長嶋さんの姿を見られたのはファンなら感慨深いだろうが、コロナ禍の中、あの体調の方を連れ出すなよ、というのが率直な感想。
もし、出てもらうなら車椅子に乗った長嶋さんを松井さんと王さんが押せば良かったんじゃないかな。っていうか長嶋さんのアテンドをずっとしていた松井さん、本当良い人だよな。万全ではない長嶋さんに気持ちまで寄り添っているのが伝わった。本当の意味でスターだと思う。改めて尊敬。

で、そんなことをつらつらと考えたのだけれど、前提として、そもそもジョックのイベントであるオリンピックの開会式がナード系ロックンローラーを自称しているオレに合うわけなかったんだよね。それを忘れていたのだった。合わないものをとやかく言うもんじゃないよね(もう書いちゃったけどさ)。
だから、ジョックの奴らがわかったふりしてナードなもの(漫画の吹き出しとかゲーム音楽とか)使ってんじゃねーよ、っていう気分になるんだな。

多様性を謳っているけれど、その“みんな”の中に僕は入っていないんだろうなーという疎外感を感じた開会式。すべてがただのパッチワーク。うわっつらだけで、本質的なものをUniteしてない。そして好きなものが、違う形で消費されていくのも悲しく思ったよ。なんとなくそれが電通クオリティなのかもしれないけれど(偏見です)。

そんな、オリンピックと付かず離れずの日々が始まったよ。
とにかくみんな無事でありますように。

オリンピックの印象

東京オリンピック開幕。

昨日、男子サッカーを観た。
日本代表の試合を観るのはいつぶりだったろうか。知ってる選手が4人しかいなくて、浦島太郎状態(「ボランチの遠藤って、あの遠藤じゃないの?」って素で思った)。ただ、日本を応援する気持ちで観れなかったのは確か(あ、でもレフェリングは厳しい、というかひどいなーとは思った)。相手の南アフリカの境遇を考えると、もうフェアではないからね。とりたてて良いプレーもあまりなかった。久保のゴールは素晴らしかったが、試合前の発言を記事で読んでるから、素直に祝福できない。うーん、複雑。

多分、僕はずっとこんな感情で、今回のオリンピックに関わっていくんだろうなーと思う。なんだかんだサッカーと野球は好きだし、他の競技だって、観ないようにしてたって情報は入ってくるだろう。

前の大会まで断然ポジティブな印象しかなかったオリンピックが、今ではネガティブな気持ちでしか捉えられない。こんな状況になぜなったんだろうか。
「始まった以上、応援しよう」ではなくて、それはずっと、この先も考えて続けていこうと思っている。

新型コロナと社会について考える

緊急事態宣言は延長になったが、休業要請に従わない、あるいは「生活に必要」という意味を拡大解釈して営業する店が相次いでいる。

当然といえば当然の流れではあるが、これを「コロナとの戦い」として見ると、完全にコロナの仕掛けた罠に嵌っている。人間社会に内乱がおきて、本当に戦うべき相手に利することをしているからだ。

独自の判断で休業しようが営業しようが、感染が拡大(つまりコロナの勢力が拡大)している状況にはなんら変わりはない。人と人の接触が増えれば増えるほど、コロナにとっては喜ばしい状況になる。
「あそこがやってるんだからこっちもいいはずだ」は、本来は感染予防の理屈に合わない。人間同士が同じ考えの下に行動できない今は、コロナには願ってもないチャンスになっているのだ。コロナに人格があれば、今頃ほくそ笑んでいるだろう。
東京で言えば1000人、2000人といったこれまでのピーク時よりも、やや感染判明者数が減っているように感じるのも罠で、指数関数的に増加する(倍々ではなく二乗二乗で増える)ことを踏まえれば、“さざ波”なんて言っていると、あっという間に津波になる(あの発言自体は人を数字でしか捉えていない最低のものではあるが)。

病気(コロナ)で亡くなるのは一瞬だ。
だが生活苦で亡くなるまでにはタイムラグがある。

今日の食事を調達できなくなった、仕事を失い人生に絶望した、そういう人が飢え死にまたは自死に至る前に救うのが為政者、もっと大きくいえば社会の役割だ。後者は手の施しようがなくなる前に、為政者や社会が手を差し伸べれば救えるのだ。
でも新型コロナでの死は今のところ救うことができない(貧困を解消するよりもはるかに困難という意味で)。

だから「コロナで死ぬのを怖がっていたら経済が回らなくて死者が増える」というのはロジックとしては正しいかもしれないが、そういう思考がすでに間違いなのだ。
コロナによる死と経済による死を同列で語るべきではない。後者は政治がしっかりしていれば解消できる(それができてない、むしろやろうとしない今の政府を支持する人は何をもって支持しているのか、僕にはわからない。支持率40%?え、なんで?)。

日本社会は結局、理屈ではなく空気と同調圧力によって動いている。それぞれが豊かで寛容な時代はうまく回るが、厳しい状況になった時に影響力を持つ人たちがおかしな空気を振り撒くと一斉にダメになる(先の戦時のように)。
それをコロナ禍で痛感している。

さて、ここからは個人的な今後の予測だ。正しい対策というわけではないし、その知見を僕は持ち合わせていない。

おそらく、このまま「要請しても聞き入れず」という状況であれば、感染者数(陽性率)は減らず、緊急事態宣言が解除されることはないだろう。
人々が要請を聞き入れるとすれば、東京オリンピック中止と引き換えということでもしないと無理だろう(もちろん金銭的保証がなければ、それでも従わないところもあるとは思うが)。
そして昨年の1回目の緊急事態宣言のような強力な自粛を人々がすれば、感染拡大はかなり小さくすることができる。ここまではその通りになるのではないか(それとも大勢の犠牲の下にオリンピックやるのかね)。
あるいは、どうしようもないぐらいに感染者数が増えれば(それこそ毎日、全国で10000人以上とか)、さすがに命の危険を感じて、出歩く人は激減する(これはあんまり考えたくないシナリオだけれど)。つまり厳しい自衛の時期に入る可能性もある。

いずれにせよ、そうやって感染者を減少できたタイミングで「PCR検査数を大幅に増やし、陽性者を隔離し金銭面も含めて手厚い保護をし、陰性の人々だけで活動する」といういわゆる「ゼロコロナ」の状況を作れなければ、またふりだしにもどって……という繰り返しになるのだが、これまでの流れを見る限り今の政府がゼロコロナ対策をする気はないだろう。
だからこの緊急事態宣言を出しては解除し、というのが当面(それはワクチンではなく、コロナ特効薬ができるまで)続いてしまうと思う。

今年、衆議院議員選挙があるが、政府の対応に怒りを感じている人がきちんとに投票に行って、投票率がせめて60%いかないと、現状維持の対策が続いてしまう。そして残念ながらおそらくはそうなるだろう。ちなみに小泉郵政選挙の時が67%、麻生内閣で自民党が下野した選挙が69%。
僕は投票に行くが、日和見主義が多い日本では、ほとんどの人は投票にいかない。それが社会に参画する手段であるにも関わらずだ。

こう考えていくと、僕にはもう絶望(そして為政者への怒り)しかないのだけれど、幸いにも家族に感染者、ましてや感染による死者はいないので、まだなんとか堪えられている。実際に身の回りに亡くなった方がいる人は僕以上に絶望していることだと思う。
いつのまにか目の前のことにしか興味がない人ばかりになり、余裕のない(むしろ許さない)社会になり、勝ち馬に乗る人が増えてしまい、日本社会はすでに社会としての機能を失っている。そのことには以前から薄々気づいてはいたが、コロナ以降、この考えに確信をもつようになった。

社会としての機能を失ってしまった以上、個々人の意思を尊重しつつ、コロナに負けないようにそれぞれが対策するしかない。こういう形はもうすでに負け戦だが、諦めるわけにはいかないのだ(諦めたくもない)。
そして感染に最大限注意をして(絶対罹らないと言えないのが悔しいが)、今のところは家族と親しい人に気を配りながら生きていく。
今の僕はそう思って日々を過ごしている。

そして、ひとりひとり「今、社会になにができるか」をきちんと考えてほしいと思う。
僕もきちんと考えることにする。

宣言出てバタバタ

緊急事態宣言が決まった。

まあ、色々とストレスが溜まる案件がたくさん出てくるが、とりあえずはやるべきことをやる。
「感染を抑える」という点では、間違いなく「緊急事態宣言」を出したほうが良いのだけれど、今の政府に「感染を抑える」、「命を守る」という姿勢を全く感じない(というか二の次感がありありな)ので、素直に従うのは癪にさわる。
それでも、自分と自分の周りの人は守らなければな、と思う。

さて、宣言前にどうしてもワンカラへ行っておきたかったが(っていうか「カラオケダメ」って、ひとりカラオケもダメなの?)、20時まで仕事になってしまったので諦めた(明日、ワンチャンあるか?)。
ジムを今月で解約にしておいたのは我ながら慧眼だったな。とはいえ来週いっぱい行こうと思っていたのがダメになるのは残念。中途半端な幕切れになってしまった。

対応がギリギリまで決まらなかったので、神経使った1日。
とにかく、明日以降も変わらず健康に気をつけていきたい。

予定変更、花粉症

花粉がひどすぎてどうしようもない(現在進行系)。

朝起きたときからクシャミが止まらなくて、いつもの鼻炎薬では全然効かずに、仕事中、ずっとクシュンクシュン連発してた。
他の花粉症らしき人たちはそこまでの症状がなかったようだから、もしかしてこれって花粉じゃない病気?とか不安にもなるんだけれど、まあほぼ間違いなく花粉症だろう(今日からヒノキが始まったという説を聞いた)。仕事中だけでボックスティッシュを一箱使ったよ。

で、そんな状態なので、予定していた、昨日のイベントリポートは明日以降にペンディング。記憶の新しいうちに書いておきたいので、遅くとも火曜までには書きますが、今このブログを書いているときも、滴り落ちる水っ洟(汚い)と戦っているし、頭も全然働かない(今は甜茶飲んで頑張っています)。

そして、なんと、このブログを書いている途中でなぜかWordPressから強制ログアウトされて、半分ぐらい書いた内容が消えて今書き直しました。
今日はそういう日なんだな、きっと。

てなわけで、ノンアルコールで済ますのと早寝をして、明日症状が収まっていることを願う。
しかし、まだ花粉症のシーズン続くのかー。正直厳しい。

宣言解除準備

緊急事態宣言が解除されることになって、けっこうバタバタしてきた。

細かく言ってもきりがないのでここでは書かないけれど、今の政権には本当に腹が立つし、日本は真っ当なことが通らない世の中になってきちゃってるな、とつくづく思う。
「野党は批判ばかり」と言う人もいるけれど、ちゃんとやってない人たちを批判するのは当たり前だし(といっても「批判ばかり」じゃないけどね)、百歩譲って批判がダメだとして、普通の質問にすらまともに答えない人たちのふるまいを許していいの?と、今の政権擁護する人たちに訊きたい。
だって、自分たちと違う意見に「アー、アー、キコエナイー」ってやってるだけだからね、本当に(いや、悲しいけど、“本当に”)。

今年は選挙があるから、今の(そしてこれからの)政治家達のふるまいを見て、自分が思う人、政党に入れる、もしくは「これはダメだ」というとこには入れない、ということはちゃんと心がけようね。ちゃんと見て、それでも今の与党に入れるっていう人は、それはそれで良いと思う(僕は賛同しないけど)。それも権利だ。
っていうか、それ以前にみんな選挙行きましょうね。

KAC2021の6番目のお題は「私と読者と仲間たち」。ドラクエのサブタイトルみたいになってきた。
ベテランカクヨマーなら私小説的なものを書くという手もあってネタに困ることはないかもだけど、新参者の僕には厳しいし、このお題でエッセイとかでなくて小説を書くとなると、シチュエーションが限定されるのも辛い。
と愚痴りつつも、なんとなく方向性は決めた。今日は書かないけどね。

そんな中飛び込んできた、池袋東急ハンズ閉店のニュース。
雑貨の百貨店みたいなの先駆けだったし、中学生のときからお世話になりました。
サンシャイン通りで通っていた店が次々となくなっていくのは本当に寂しい。時代なのかねー。

ノンアルコールで早めに寝る。
明日また頑張ろう。

3月の寒さを思い出す

昼間暖かかったから、コートなしでスーツにセーターだけで出かけたら、夜冷え込んで困った。

3月ってこんなに寒かったっけ、と思ったのだけど、10年前の3月11日、寒空の中避難したことを思い出したりした。

そう、あれからもう10年になろうとする。

僕は不勉強ゆえ、今の東北の状況を明確に理解していない。ただ、肌感覚として、とても「アンダーコントロール」ではないだろうし、復興を進めるのにできることはしたいと思っている。そういう思いは忘れないようにしたい。

話はうってかわって、KAC2021の2番目のお題が出た。今度は「走る」。
「おうち時間」よりは抽象的な概念なのでプロットはできたけどオチはまだ。しかも、これで面白くなるのかなあと疑問もあるので、一晩寝て明日書く。
全然違う話を思いつく可能性もあるしね。
「おうち時間」の話も3つぐらい思いついたもので、一番しっくりした奴を書いたのだ(あんなのですらだよ!)。

カクヨム界隈の知人の小説読むと、その完成度の高さに比べて「俺、なに書いてんだろう」とグッタリするけれど、1作でギブアップはさすがにカッコ悪いから、とにかく書ける気持ちがあるうちは書いてみる。
締切は明後日のお昼まで。頑張るよー。

今日はわりとカロリー控えた。ダイエットもまたやり直さないとな。

粉の季節

花粉症が始まった。

一昨日の晩から目が痒くなり、これは「ついにやってきた」とアレルギーの薬を飲み始めたのだけれど、昨日、今日とその効果も感じられないくらい症状が悪化してきた。

ジムでワークアウトの途中に鼻水が垂れてきてしまって、一度鼻をかみにロッカーに戻る、みたいなことをした。それでも鼻のムズムズはなかなか収まらず、このコロナ禍の中、うかつにくしゃみできないし困ったものだ。

ちなみに知人から「年が変わってからの最高気温の合計が400℃を超えると花粉が飛び始める」という説を聞いたので、ここに書いておく(さも自分の知識のように)。
科学的な根拠はわからないけれど、だいたい合ってる気がするのが面白いよね。
で、その説からすると先週ぐらいから花粉が飛び始めているらしく、そう言われれれば、先週ぐらいから、瞬発的にくしゃみが出たり、変に頭が重い日があった(体温は安定の35℃台)。あれは花粉症の始まりだったんだろう。

昨年はほとんど薬に頼らずに済んだぐらい、花粉が気にならなくて、きっとコロナ対策でマスクをし続けていたおかげだろう、なんて思っていたのに、今年は症状てきめん。
くしゃみ、鼻水も困るが、一番嫌なのは集中ができなくなること。眉間の中に花粉が詰まっているような違和感があってやる気が急降下している(まあ、これはある意味花粉のせいにしてるんだけど)。

これから1か月はこういう状態で過ごさなきゃいけないと思うとしんどいし、基本的に晴れてる日のほうが好きだけれど、この時期はなるべく雨が降って欲しい。

アルコールを飲むと、症状ひどくなると聞いたことがあるので、今日はノンアルコール。
そしてブログもこんな感じで今日はおしまい。
明日、少しでも症状改善してますように。

地震、刀鍛冶、チョコの日

とにかく地震に焦った。

寝ようかどうしようかと、ゲーミングチェアに寝そべりながらスマホを弄んでいた時にグラグラしだして「ああ、結構デカイけどすぐ終わるだろ」なんて思ってたらちょっとずつ揺れが大きくなって、食器棚(っていうかカラーボックスだけど)の中の皿がカチャカチヤ言い出したので、これはヤバイと立ち上がって、カラーボックスおさえた(危険)。
テレビをすぐつけたんだけど、なかなかニュースにならなかったのが一番怖かったかもしれない。

あと地震速報、ここぞという時に来ないよね!なんて軽く憤っていたら、職場の人たちのスマホは鳴ったらしい。もしかして、緊急速報の通知切ってたからかもな(ゴメンな)。

それにしても、久しぶりに恐怖を感じる揺れ方だった。
10年前も強い揺れがあった2日後に東日本大震災。しばらくは気をつけていこう(とりあえず水貯めとくか)。

さて、「ゴーストオブツシマ」の話(唐突)。

プレイ時間約4時間に対して50回ぐらいゲームオーバーになってて、そのうち同じところで同じ死に方を10回ずつぐらいしていて、もし実況なんてやろうもんなら放送事故なんてもんじゃなかったので、普通にプレイしていて良かった。
その点、バイオはなんとかなるもんだな(クリアしてないくせに)。

あまりにも同じところで死ぬので、ゲームオーバー時に、ゲーム側から「イージーモードにしたら?」というお誘いが出るのだが、これを頑なに拒否して、攻略できるところからしている。
とにかく敵が強いし、集団で襲いかかってくるのだ。アクション要素が大きい分、僕のようなヌルゲーマー(ゲーム下手)にはハードルが高い。でもイージーモードにするのは抵抗あるんだよね(見栄っ張り)。

とはいえ、このペースで、そして無策で進めていたら、いつまで経ってもストーリーが進まなさそうなので、攻略サイトで初心者向けアドバイスをみた。
そうしたら、ずっと望んでいた「刀を強化する」のが序盤からできることがわかったので、これでだいぶ楽になるはず。雑魚を倒すにも5回ぐらい斬らなきゃならず、とにかく主人公の刀がナマクラなのだ(腕の問題だろ)。

僕も当然「攻撃力が上がれば勝つる!」ということをずっと考えていて、ストーリー展開上、〇〇を〇〇すれば刀の強化ができると思い(ネタバレ回避)、死にものぐるい(というか実際に何度も死にながら)〇〇してやったのに、刀を鍛錬してくれると思ったそいつが「じゃあまたな」みたいな感じで去っていって絶望したところで、そっと電源を落としていた直後だったので(そしてその後あの地震だ)、光が見えて嬉しい。
今日はこれからプレイするので攻撃力があがった効果は、実際にはまだわからないけれど、多分ここから楽勝街道を進むと思いますよ、ええ!(フラグ)

打ち合わせが長引いて、帰りが21時近くなってしまったら、どこの店も当然のことながら閉まっていた。緊急事態宣言を改めて実感する。
スーパーの惣菜も味気ないので、松屋で牛めし買って帰ったのだけど(それも似たようなものか)、遊んでるわけでもなく、ちょっと仕事が遅くなると、一気に食事の選択肢が狭まるのも問題だよな、と改めて思う。
実際にその身にならないとわからないことは、こんな身近にもあるのだ。

そんな今日はバレンタインデーだった。
感想はとくにないです(あ、でもくださった方々、感謝しております)。