中身次第

今日は12時間勤務だった。

決してブラック企業ではありません(多分)。
好き好んで働いているのです(洗脳っぽい言い回しだな)。

ゴールデンウィークなので、午前中から音楽イベントが詰まっていて、その手伝いをしたのだ。もはや自分は音楽に関わるセクションにいないのだが、お世話になっているミュージシャンたちが出るので志願してお手伝い。
予定になかった呼び込みMCを結局5回、全演奏グループにしたのだが、10年そんなことをしてきた経験のおかげか、けっこうこなせた。

とあるミュージシャンの方に「いい声のMCだったので演奏で本気だせた!」とか言われて自惚れたので、それ以降は自分なりの「イケボイス」を意識してMCしてみた。マイクの使い方(というかリバーブの加減)を今さらながら学んだ気がする。
あと語り口調も。

で、やっぱり音楽関連の仕事は好きだし、慣れているのもあって全然疲れない。
いや、確かに体力的には疲れがないわけじゃないが、心地よい疲れだし、明日もう一回やってもいいかなー、と思う。

好きなことは疲労はしても疲弊はしない。
ということなんじゃないか。

色々と思うことが増えた。これもまた経験。

参加された方々に感謝しつつ、自分のやりたいことを見つめ直してみよう。

宴のあと

昨日の発表会。

まずは上出来だったと思う。ビデオで見直したりすると、思った通りにできてないかもしれないけれど。
1曲目では入るところ間違えたし、2曲目の弾き語りではテンポがズレたりしたのも良く覚えている。
それでもステージは終わり、楽しさだけが残った。

観客は仲間うちが8割9割とはいえ、舞台にたった時にほとんど緊張しなかったのは意外だった。歌い始めると、練習よりも声がでていないので、多少は緊張しているのだろうけど、いわゆるアガってしまう感じはなかった。なんだかんだで舞台慣れしてきたのかもしれない。
それと、前回よりもしっかり練習した、という自負はあったので、その点が自信になったのだろう。練習は正直だ。

一夜明けて、満足感とともに、次に歌いたい曲を練習し始めた。とにかく歩みを止めないことだ。

やっぱり歌うの好きだなー。そして歌うのを聴いてもらうことも。
好きなことがあるのは幸せだなー、とつくづく思う。
だから歩みを止めないでいこう。

本番です。

今日は歌の本番。

午前中は仕事をしてこれから会場に向かう。

2曲歌うのだけど、1曲はデュエット。もう1曲はギター弾き語り。普通に歌えれば良しとして臨む。

とにかく楽しんできます。

しょってみた

明日、歌の本番がある。

仲間内の日頃の成果披露会みたいなものだが、お客さんも入るので若干緊張する。
2曲歌う内の1曲はギター弾き語りなのだけど、メンバーの方々がギター伴奏をつけてくださるとのことで、前日の今日、ギター合わせに行くのである。

僕は普段ソフトケースに入れて手持ちしているのだが、街で見かけるギタリスト達はだいたい楽器を背負って移動しているので、僕も思い切ってしょってみた(ギター歴だけならもう20年ぐらいになるのに今さら!)。

感想は

「背筋伸びるわー」

あと、当たり前だけど両手フリー。

でも、なぜ今まで背負わなかったかの一番の理由である「絵面」は若干気になる。あと、さほど背の高くない自分でさえ、頭から突き出たネックの部分がぶつからないかと心配に。

それでも背負うのラク。今さらそんな発見をした。
TPOに合わせて手持ちと使い分けたい。

追記。
帰り道に雨に降られて、自分の頭の上だけ傘で防ぐか、それともギターの頭も一緒に防ぐか、ちょっと迷った。
最終的に自分の頭だけにしたけれど。

取り扱い注意

2000万円以上する楽器(ヴィオラ・ダ・ガンバ)を機内預けにしたところ、破損して戻ってきたことに持ち主の音楽家が怒りのSNSを投稿した、というニュースを朝のワイドショーでやっていた。ネットで調べる限りは、ニコニコニュース http://news.nicovideo.jp/watch/nw3206638 にしか記事の掲載がなくてあまり日本では話題になっていないようだ。

昨年、ヴァイオリンを弾く方々と一緒に飛行機に乗ったのだが、その時も機内持ち込みの手続きが様々あって、楽器を飛行機に載せるのって面倒だなー、と思ったものだ。ましてや大型の楽器となると、持ち運びの苦労を考えただけでも疲れてしまう。今回の楽器もどうしたって普通に機内持ち込みするのは不可能なサイズだもんな(ちなみにテレビではヴィオラ・ダ・ガンバの説明が雑だったけど、今回のはその中でも大きい種類のバスガンバでしたね)。

この出来事の見方は、音楽家側、航空会社側双方色々あるだろうけど、壊れた楽器の画像を見る限り「それにしても壊れすぎだろう!」という感想。
乱暴に扱った、というレベルではなく「プレス機にかけましたか?」という感じに。ケースの形状を見れば楽器とわかるのだから、あとあとのトラブルを考えたら、係員もちょっとぐらいは配慮するだろうから、おそらく荷物受取場に搬送する機械に引っかかって潰れてしまったのだろう。航空会社も超焦ったと思う。
その後の対応の不味さや、もう一席とるように言った言わないの応酬で泥仕合になっている模様だが、「すみません、機械に引っかかりまして。でも弁償は規定の金額しか出せません」では通用しないのかもしれない。

どんなモノでもいつかは壊れるのだ、という達観と、職業柄楽器を常に持っていないといけない音楽家への憐憫がないまぜになるニュースだった。

アマチュアオケの先にあるもの

石神井インターナショナルオーケストラの第4回定期演奏会に行ってきた。

友人の、ヴァイオリニストで指揮者の西谷国登さんが音楽監督をしている関係で、団員の方々とも親交があり、何かとご縁のある「石オケ」だけれど、客席から演奏をじっくりと聴いたのは、第1回の演奏会以来だった。

メンバーのほとんどが知り合いなので、いわゆる「友達」の演奏会を聴きに行く、という体ではあったのだけれど、その演奏たるや西谷さん(そしてインストラクターの先生方)のお力か、アマチュアオケといえども、きちんと「個性のある」演奏を聴かせる内容だった。

あとで聞いた話だが、西谷さんは第4回となるこの演奏会を「レベルアップの場」として位置づけていたらしい。
その証拠となる楽曲が2曲目のメンデルスゾーン 弦楽八重奏 変ホ長調 作品20だろう。
本来4パートに別れるところを倍の8パートで演奏するこの曲(コントラバスも入るので実質9パート)。同じ譜面で弾くメンバーが少なくなるし、別の音が多く入ってくる分、個人の力量(責任と言い換えても良いかも)が問われる。一歩間違ると、知り合いじゃなければ「聴くに耐えない」内容になる恐れもあるのだ。

だけれど、この日の演奏は、見事にそんなことを微塵も感じさせない、まとまりのある、そして八重奏ならではの広がりのある演奏をしてみせた。僕は、これをアマチュアオケという立場に甘んじない、市民オケとしての矜持に感じた。

(これは僕が個人的に知っているからだが、)石オケのメンバーひとりひとりはすごく個性的だ。逆説的に言えば、どのオケもきっとひとりひとりは個性的に違いない。ただ、それを「オーケストラとして演奏する」という共同作業に載せたときに、時にはバラバラな個性を発揮したり、ときには窮屈な演奏にまとまったりする。石オケの演奏は、それぞれの個性を感じさせながらも西谷さんの指揮、そして各パートの結束力でそれをひとつの「楽曲」として昇華してみせた。それは決して「知り合いだから」で納得させる演奏ではなく、市民オケとして十分に聴衆を満足させられる演奏だった。

昔の話だが、実業団のアメリカンフットボールの大会を観戦したことがある。それはふとしたきっかけで、そのチーム(ちなみにアサヒ飲料チャレンジャーズ)のファンになったからなのだが、実業団の応援は、ほとんどが、チームメンバーの家族、友人、関係者で、僕はどちらかと言えばちょっとしたきっかけで観戦した人間だったと思う。でも、その試合はとても楽しかったし、充実した時間だった。

石オケの演奏も、きっとそういう、ちょっとしたきっかけで鑑賞した人に充実した時間を与えられたと思う。いや、もちろん全ての演奏がパーフェクトとは言えないだろうし、まだまだできてない部分もあるだろう。
だが、今後、そういういわゆる「いちげんさん」でも楽しめるオケになる可能性を十二分に感じさせる演奏会だった
(もちろん、それは、1曲目のモーツァルト ディベルティメントK.138を、指揮台につくやいなやスタートさせる演出や、八重奏の前に、曲の聴きどころ解説をするという演出が一役買ったという点も記述しておく)。

弦楽八重奏という、テクニカルな(ある意味トリッキーな)演目をこなしたことで、僕はこのオーケストラはフェイズ1を終えたと思っている。
来年はフェイズ2に入り、また新たな挑戦と、より石神井インターナショナルオーケストラならではの個性を発揮した演奏を聴けるのではないか。
そう期待して、今後も応援していきたい。

舞台『リトル・ヴォイス』に期待

ご縁があって、舞台『リトル・ヴォイス』の製作発表会に行ってきた。

『リトル・ヴォイス』と言えば、映画版を公開当時劇場で観た。
ハリウッド大作ではなく、イギリス映画だったせいかロードショーをしておらず、銀座だか渋谷まで観に行った覚えがある。

しかしながら、映画の内容はほとんど覚えていない。
というのも、本編が始まる前にユアン・マクレガー主演の5分程度のショートムービー『Desserts』が併映されて、これがまさかのホラー。
ミュージカルドラマを観にきたはずなのに、ホラー映画を見せられるという展開で、本編の印象が完全に消されている(で、逆に『Desserts』についてはよく覚えている)。
当時を考えると「ユアン・マクレガー人気」のおかげで、この映画も話題になった部分が大きいから、ファンサービスとして併映したのだろうけど完全に裏目だったと思う。

さて、それでも「面白かった」という漠然な感想を持っているこの映画を日本で舞台化するという。主演は大原櫻子さん。
制作発表会の中で、役の“リトル・ヴォイス(LV)”として歌唱を行うシーンがあったのだが、彼女が“役”として登場した時に、映画で観たシーンが蘇ってきた。

思い返してみれば、この『リトル・ヴォイス』という作品は、普段は誰ともコミュニケーションをとれない少女が、レコードを聴くうちにその往年の名歌手の見事な歌マネができるようになって、その才能を見出される、といった内容だった。

引きこもりの彼女がステージにたった途端に、スターが乗り移ったように歌い始める。

その彼女が醸し出す、不安と歌うことの幸せが入り混じった感覚が、大原櫻子の演じるLVから強く感じられた。

しかもこの役の難しいところは、歌をしっかり聴かせながらも、歌マネとしても成立させなければならないということ。歌手としては、自分の個性とマネのバランスをとらなければならないのだが、今日、お披露目だったにしては見事なパフォーマンスだった。本番までに磨きをかければ、大原櫻子流の「リトル・ヴォイス像」をつくれると思う。

共演者の方々も、本当に面白い舞台をつくろうという気概が強く感じられた製作発表会だった。期待して観にいこうと思う。

 

舞台『リトル・ヴォイス』は、5/15〜28 天王洲銀河劇場にて上演。
その後、富山・北九州での上演もあり。