はじめからやりなおし

久々に晴れ。

休日なので、いつもより遅く起きて(でもゴミ出しの時間には間に合った)週末の疲れを取り除く。

近々ギターを弾く機会をもらったので、午前中は真面目に練習。

いやー、それにしても自分のギター“弾けなさ加減”に(謙遜でなく)呆れる。
ずいぶん昔とはいえ、毎週路上で弾き語りしていたとは思えない。
それからも弾かない時期も多かったとはいえ、何十年かのキャリアで“バレーコードがまともに弾けない”というのは、完全に才能ないんじゃないかとやや落ち込む。

実際に弾くのは1曲で、その練習はもちろんしているが、改めて初心者用のギター教本を買ってきて、頭から初めてみた。
ブラッシングとかハームタイムシャッフルとか、そういうテクニックがあるんですね。
どういうテクニックか、やってみると、名前も知らずに雰囲気で使ってたことはあるけどね。(見栄をはる)

まあ、とにかくそういう状況。
でも、演奏の機会をいただいたので、とにかく足掻く。
弦も昨晩張り替えたのだが、ずいぶん前に買った弦なので、すでにサビがある。
これで本番に臨むのは気持ち的に萎えるし、弦ぐらいはきちんとしておきたいので(形から入るタイプ)、明日、改めて購入予定。

そんでもって頑張ってジムも行った。
体重はあいかわらず減らない。
ここ3日、アルコールも飲んでないんだけどなー。マズいなー。本気ださなきゃなー(口だけ)。

ほとんどいかないクイーンズ伊勢丹に行ったら、昨日ブログに書いた、カキフライ、エビフライ、カニクリームコロッケが並んでいたので、これもセレンディピティ的な奴だと思って買った(なにごとも解釈次第だな)。
晩御飯に食べる。
「揚げ物を控えないと…」というゴールドジムインストラクターの声が頭に響くが、ほら、反体制なのがロックだろ?(解釈次第)

それと、カクヨムでキタハラさんの『熊本くんの本棚』を読了。
いやあ、すごい小説だった。
しかも、自分にとっては“良いタイミング”で出会えた気がする。
レビューは改めてカクヨムに書く。

そして、文フリで触発された勢いのまま、小説を書き始めた。
出だしの部分と、思いついたシーン、セリフを書き出しているだけで、まだまだ先は長いが(どのくらいの長さになるかも不明だが)とにかく始めてみた。

結局、昔書いた奴ではなく、昨年に思いついた話をきちんと仕上げようと思う。
書きながら、書きたいものに実力がついていかないのを早くも痛感するけど、まずは仕上げてみる。
今年中にできるかな(やりなさい)。
ギターの練習をしなければいけないのに、小説に気がいってしまうのは、勉強しなきゃいけないのに漫画読んじゃうアレのような気もする。

ただ、ギター弾くのは楽しい。
できない自分にイライラするのは確かだが、弾くこと自体は楽しいし、この間音合わせした時も、ボロボロだったけれど、超楽しかった。

弾かなければ上手くならないし、弾けない不安は弾くことでしか解消できないのだ。

とはいえ、Fコードぐらいは綺麗に弾けるべきだろうけどね。
まあ、一歩一歩進んでいきましょう。

復刻の浅草オペラ

今月初めに浅草オペラの復刻イベントである『ああ夢の街 浅草!』を鑑賞した。
ちょっと間があいてしまったが、感じたことを書いておこうと思う。

「浅草オペラ」の存在は聞いていたし、「コロッケの唄」というのがあるというのは知っていたけれど(聴いたこともある)、実際にその舞台を見るのは初めて。
お仕事でお世話になっているソプラノの大塚京子さんが出演されるご縁で、11/2の夜公演を観ることができた。

浅草自体、そんなに行ったことがあるわけではないので、そのイメージは浅草寺、そしてコテコテの東京漫才(ナイツとか東MAXとか)なのだが、その東京漫才の聖地とも言われる、浅草東洋館が、今回の浅草オペラ復活の舞台である(他の会場でも公演はされました)。

まずこの会場がすごかった。年季の入ったエレベーターで4階まであがると、これまた昔の映画館の入り口のような雑然としたロビーが現れる。そして劇場内に入ると、和風というよりは、昭和初期の大衆劇場を彷彿とさせる。
舞台のことを「箱」と呼ぶことが、その呼び名がぴったりといった印象だった。

そして浅草オペラの幕は上がる。

活弁士 麻生八咫さんの進行で、たくさんの歌い手さんたちが次々と歌う。ソロで歌う曲もあるが、コーラスはもちろん、歌い手さんが後ろで芝居を演じていたりと、とにかくにぎやか(そして飛び交う“おひねり”)。
なにせ、クラシックで鍛えたプロの方々が集まって歌うので、聴き応えがある。
それと、演奏もカラオケではなく、小編成ながらも(ピアノ、ヴァイオリン、クラリネット、アコーディオン)生演奏なのが良い。グルーヴ感が段違いに出る。

演出としては、昭和の大衆オペラを“そのまま”再現している、というよりは、当時の昭和を、多少のパロディとカリカチュアを交えて再構築しているんだと思う。
だから、当時の技術では最大限の努力だっただろう、ハンドライトでの主役へのスポット照明や、紙で作った小道具の月などが、令和の時代の今に再現されると「レトロ」という部分で笑えるのだ。

大塚京子さんは、テネシーワルツでは堂々かつ可憐に聴かせ、コロッケの唄では下町奥様なりきりで楽しませてくれた。
それからプログラムには載っていない「人形焼 木村屋本店」の生コマーシャルでもお母さん役で歌ったのだけれど、このCMソングが特に面白かった。
ローカル感もあり、スポンサーへの愛もあり、こういうのを当時の舞台でやっていたのだとすると、良い時代だったんだなと思う。

他に印象に残ったのは「おてくさんの歌」を演じた、みすぎ絹江さんと、島田道生さん。
あとで調べてわかったのだけど、島田さんは「カンツォーネ!」の掛け声でおなじみの(おなじみか?)オペラ芸人「島田夫妻」の人なんだね。
一度テレビで見て、僕の「面白くないけど好きな芸人」枠に入っていたので、ここで実際に見れたのは嬉しかった(でも芸人は解散したようです)。
とにかく、この二人の掛け合いが面白かった(そして歌うとすごい上手い)。
島田さんの「カッコつけながらもスカす」というのは、僕が思う「真にカッコいいこと」に通じるので、お手本のようにして観た(笑わせておいてキメるとこキメる、っていうのに憧れるのだよ)。みすぎさんとの間の取り合いも良かった。

それから鈴木沙久良さん(ソプラノ)。
系統の違う曲をたくさん歌っていたが、清純派の女優像から、はすっぱな小娘まで、同じステージの中でガラリと違う演技ができるのが見事だった。

また、この日の舞台では、特別に関西オペラ界のレジェンドと称される林 誠さんが出演したのだが、その“レジェンドぶり”たるや。
かなりご年配だと思うが、衰えない声量、魅了する歌声。本当に“生きる伝説”を見た、という感じになった(弟子の方々も素敵でした)。

何事も、人を楽しませるには技術が必要だ。
この復刻版浅草オペラ。高い技術を持った方々が、プロに徹してやるんだから面白くないわけがない。
出ている方々はほとんどがクラシック畑の歌手の方だから、ある意味“おふさげ”な舞台はとても難しいだろう、照れたりしたら観客はしらけるし、「自分のカラーじゃないからこんなのできない」という感じで演じていたら見透かされる。
そういうことを全く感じさせなかったから、出演者全員が舞台を楽しんでいたのだろう。

真剣にふざける、でも音楽に対してはとことん真面目に。

そういう部分に隠れたプロフェッショナリズムを感じた。
聴きながら、純粋な楽しみと、出演者への畏怖の念がないまぜになった。
いやあ、皆さん、スゲーよ。

実際は、ヨーイドンのぶっつけ本番に近い部分も多いようだが、それを感じさせないし、多少のミスもご愛嬌で済ませられる。
決して十分な練習時間がとれたわけではないだろうけど、こういう舞台を作り上げられるということで、舞台への取り組み方も学べた。

高い技術を“オモシロ”に落とし込むっていうのは、自分のやりたいことにも通じてる。
そういう意味でも十二分に刺激を受けた場だった。
プログラムが3パターンあったようなので、次回復刻した際には、一通り見てみたい。

純粋に楽しめたし、勉強にもなった。
エンターテイメントってこうでなくっちゃね。

時間割れない

久しぶりに(か、どうかちょっと思い出せないのもなんだが)、予定の時間に起きられなかった。

昨晩、飲みすぎたのかもしれないし、身体がここ最近の睡眠不足を取り戻したかったのかもしれない。
っていうか、どっちもだ。

昨日の休みは時間割通りにはいかなかったが(いかないのかよー)、7割ぐらいはこなせたので“まあまあ”としておく。

とにかくジムに行ったので、偉かった。
体重は大変なことになっていた。
思い当たることばっかりなので、当たり前ではあるのだが、現実って残酷ですね。落ち込んではいられないので、直後にケンタッキー食べたけどね。

「SACRA MUSIC FES.2019」のBlu-rayを買った。所属アーティストのお祭りライブの映像で、2枚組50曲以上入る中、僕が聴きたかったのはTrySailの5曲(+コラボ2曲)だけなので買うの逡巡したんだけど、「推しに金を使わないでどこで使うんだよ!」という心の声が聞こえたので(なにかの病)、Amazonでポチッた。

フェスならではとして、TrySailとClariSがお互いの楽曲『コネクト』と『かかわり』をコラボして歌っているのも入っていた。コラボっていうほどじゃなかったけど(2グループにパート分けただけな感じ)、これはこれで貴重なのだろう。ClariSの髪を巻いているほうの人(ファンに怒られそうな呼び方)の歌が上手くて、聴きながら、思わず「上手いなー」と呟いてしまった。『かかわり』をちゃんと自分の曲にして歌っていた(こういうのお手本になるよねー)。

ともかく、他のユニットのファンもいる前で、TrySailがどんなパフォーマンスをしているのかが見られるだけで値段分の価値はあった。あと『WANTED GIRL』で、ナンスが叫んでる言葉が「Say!」っていうのがわかったのも良かった。悩んでるぐらいなら(出せるお金は)出すべきなんだろう。

身の回りに関しては、いろんなものが込み入ってきて、整理しなければいけないことが多いなー、と思う今日この頃。
ひとつひとつ片付けなきゃね(贅肉もだよ)。

いつものアレ

ひとり暮らしをするようになってから、朝、シャワーを浴びるようになった。

とある本に、「シャワー浴びてる時が、一番思考が働く」というようなことが書いてあって(うろ覚え)、確かに、シャワーを浴びながらだと、面白い考えが浮かぶことが多い。
ただ、そこから数分立つと、何考えてたか忘れちゃうことばっかりだけどね(ダメじゃん)。

で、今日、考えたのは、
「どの曲聴いても同じだよね」
という言葉について。

ミュージシャンが売れてくると、よく言われる言葉だし、僕自身もそう思うアーティストはけっこういて、それは“揶揄”の意味だと思っていた。だけど今日は、ふと、(シャワーを浴びながら)これって“褒め言葉”じゃん!と思ったのだ。
だって、ファンが期待しているのはそれなんだから。

好きなアーティストが「新しい挑戦」をした場合、ファンはそれを歓迎し、見守るけれど、やっぱり最後は「いつものアレ」をやってほしいと思うものだ。「新しい挑戦」は結局、“変化球”で、それは「いつものアレ」という王道があるからこそ、「こういうのもいいよね」として認められるものなんだと思う。
ライブでヒット曲の「バラードバージョン」みたいなの、許容できるけど、オリジナルのほうが聴きたかったよ!と思うのがファン心理なのだ。
これは音楽だけじゃなくて、小説でも、映画でも、すべての創作において言えることだと思う。

こういうことを思ったのは、つまり、僕もいろいろなアーティストの“いちファン”だからだ。
その人たちが“変わったこと”をしているのを見ると「それもいいけど、いつものがやっぱいいな」と、素直に思うからだ(ファンってめんどくさいですね)。
というより「その“変化球”を王道のほうに取り入れてね」って思う。
ファン以外の人には「どの曲聴いても同じ」だけれど、ファンは揺れ動いている過程もしっていて、その果ての「どの曲聴いても同じ」だから、ずっと好きだし、ファンでいられるのだと思う(やっぱりファンってめんどくさいですね)。

反面、僕も、創作する人間の端くれとして、まずは「どの曲聴いても同じだよね」と言われるぐらいにならなきゃなー、とも思う。
それには、まず「数」を作らなきゃいけない(まだそこ)。そして数を作っているうちに「軸」ができる。その軸をもとに「王道」を作ろう。

今から、どこまでいけますかね。でもやるしかないですよね。

(で、このことを何がきっかけで考えたかというと、それはTrySailからなんだけれど、それはこのブログだけの秘密です。)

演奏会『クララ・シューマンと仲間たち』

練馬区演奏家協会コンサート『クララ・シューマンと仲間たち』に行ってきた(@練馬文化センター 小ホール)。

ヴァイオリンの西谷国登さん、チェロの毛利巨塵さん、ピアノの坂田麻里さんの3人によるユニット「石神井の森トリオ」の演奏会だ。

そのタイトルにあるように、シューマンの妻であり、ピアニスト、作曲家としても知られるクララを中心に、交友のあった音楽家や女流音楽家の曲がラインナップされるというコンセプトの演奏会だった。
その趣向を凝らしたコンセプトの影響か、途中の曲紹介をそれぞれがブラームス(西谷さん)、ロベルト・シューマン(毛利さん)、クララ・シューマン(坂田さん)に扮して、寸劇風に行うという試みも。
普段、クラシックを聴き慣れないお客様もいただろう中で、堅苦しさを取り除くようで、面白い試みだったと思う。

1曲目はブラームスの「ハンガリー舞曲 第6番」。
軽快でノリが良い曲が最初にくることで、こちらの気持ちもグッと前向きになる。

次のシューベルトの「セレナーデ」は、冒頭の有名な部分しか知らなかったけれど(我ながら不勉強)、人生の喜怒哀楽を感じられる素敵な曲だった。

3曲目の「F.A.Eソナタ」は、すでに西谷さんの“持ち曲”と言えるほどサマになっているが、今まで聴いた彼の演奏の中で、一番、そのモチーフである「自由だが孤独に(Frai aber einsam)」を表現している演奏のように感じた。

4曲目の「無言歌 ニ長調 op.109」。
フェリックス・メンデルスゾーンによる曲だが、毛利さんならぬ“ロベルト”が言うには、「無言歌」という名称は、姉であるファニー・メンデルスゾーンが考案したものらしい。
坂田さんのピアノと息のあったチェロの音色は、老練な滋味深い味わいでとても魅力があった。

前半最後は、今日の主役であるクララ・シューマン作曲の「ピアノ・トリオ ト短調 op.17」。
メランコリックな出だしで始まり、短編映画を観ているかのような展開の第1楽章のドラマティックさに、思わず楽章終わりで拍手をしてしまう。
4楽章の曲だったが、楽章をつらぬくヒロイックな印象が心に残った。

休憩をはさんで、第2部は、坂田さん演奏によるピアノ曲が3曲続く。
まずは、バダジェフスカの「乙女の祈り」。
耳馴染みのある曲だが、生演奏で聴くと、より楽しいのがわかる。同じようなメロディーが少しずつ変化をつけて続いていくので、それを追いかけるのも面白い。

そして短い曲であるシマノフスカの「ノクターン 変ロ長調」をはさんで、ショパンの「ノクターン 嬰ハ短調 遺作」が演奏された。
美しい旋律に、ときおり陰がさすようなメロディラインと、その技巧に、これぞ「ピアノ曲」といった印象を受ける。生で聴けて良かったと思える曲。

そして最後は、ファニー・メンデルスゾーン作曲の「ピアノ・トリオ ニ短調 op.11」が演奏される。
ドラマティックな第1楽章、女性としての優しさや慎ましさ(あるいはそれは生きるための方便だったかもしれないが)を感じる第2楽章、第3楽章でロマンティックになり、最後にガツンとくるような第4楽章といった、聴き応えのある構成の曲。
ぜひ、もう一度聴きたくなるような演奏だった。

アンコールは、シューマンの「トロイメライ」で(最後までロベルトを演じていた毛利さんが素敵だった)、懐かしいような落ち着いた雰囲気を作って、この演奏会が終わった。

さて、この演奏会、内容の濃さはもちろんのこと、その聴衆の多さがとても印象に残った。
約600席がほとんど埋まるほどの客数に「クラシックの生演奏を聴きたいという人がこんなにたくさんいるんだな」と改めて思った。
仕事柄、僕は一般の人よりは生演奏を聴く機会に恵まれているが、それがいかに貴重な経験であるかを痛感した出来事。

そして、今回、この演奏会に来た人たちが、生演奏の楽しさに触れ、また足を運ぶことになったら、それはとても嬉しいことであるし、きっとそうさせてくれるだろう演奏をしてくださったお三方を、いち音楽業に携わる者として(そしていち音楽ファンとして)心から尊敬している。

また、こういったコンセプチュアルな演奏会に行ってみたいなと思う。

ポッドキャスト裏話

ポッドキャストの4回目を公開。

3回目までも楽しんでやっていたけれど、ふと、これだけでは“意味”がないな、とふと思ったのだ。
ただしゃべるだけなら僕よりも上手い人がいるし、僕は別にラジオパーソナリティになりたいわけではない(いや、チャンスがあればやりたいですよ!でも“真の”目標ではない)。
結局、自分はミュージシャンでいたいんだよね。

その時、ふと思い浮かんだのが、身近なものを歌にする過程を公開したら面白いんじゃないか、ということ。それも面白可笑しい曲を。
もともと自分が得意だったし好きなのは、コミック過ぎないパロディソングを作って、それをスカして真面目に歌うことなのだ(だからレイマーズやってたときが最高に楽しかった)。
果たしてそういうものを、自分以外が「面白い」と思うのかはわからないが、とにかく自分が面白いというものを、ちゃんと音楽でやっていこうと思ったのだ。

で、それを実現したコーナーが「16小節の恥ずレター」。
ここで裏話をしてしまうと、実際は録音しながら作っているわけではなく、一度、こういう過程で作ったものを「トレース」している(とはいえ、「このネタで歌作って!」と言われれば、多分同じぐらいの時間で作れる自信はあるので、一応“半リアルタイム”という表現で公開している)。

「バッチ」は Badge だから本当は「バッジ」と書くべきだけど、あえて「バッチ」にしているのは「カンバーバッチ」と合わせるだけでなく、そのほうが昭和感というか、ハンドメイド感が強いから。
あと「カンバック」も本当は「カムバック」だけど、あえて「カンバック」なのもそういう理由(我ながら、なんだそのこだわり)。

改善の余地のあるコーナーではあるが、まずは3回はやってみるつもり。

あと「あっぱれ張本勲カルタ」はまた勝ち抜いてたね(あっぱれ!)。

それから「シュークリーム」については、いろんな人の解釈を知りたい(そういう意味では、面白い曲だよな)。

そしてエンディングに使った「音楽」という曲だけれど、これはカラオケルームで録音したもので、カラオケルームは録音に向かないことがよくわかった(壁が音を反響するようにできててピッチを掴みにくいのだ)。
そういう備忘録的な意味でも使用した。
次回は録音しなおしたものを掛けたい。

そんなわけで、自分が配信番組でやりたいことを盛り込んだ内容になりました。
スベってるかもしれないけど、ところどころ面白がっていただけれると嬉しいです。

とにかく、やりきったよ!

Delayed Holidays Days3

個人的3連休の最終日。

今日は愛車の半年点検だった。
実家へ帰った理由の2つ目がコレ(ディーラーが実家近くなのだ)。

10年以上前にいろいろあって、ほぼ勢いで買ってしまったRX-8なわけだが、なんだかんだ愛着はある。
僕は当時マツダ ロードスター(初代)の顔が大好きで「いつかはロードスターに乗りたいなー」と、子供のような漠然とした願望があった。
だが、以前乗っていたデミオを手放すことになり、同じマツダ車を買おうとなった段に、ロードスターの顔が変わってしまったのだ。
それでもって、当時は出たばかり(2世代目だった気はするが)のRX-8を買うことになった。
ただ、ロードスターを買ってしまっていたら、荷物も運べないし、燃費もさらに悪いし、多分、すごく苦労したと思う(もっとも「ザ・趣味の車」なんだから、ロードスターにそれを求めてはいけないのだろう)。

その点、RX-8はRX-7から唯一ロータリーエンジンを継承した“走れる車”なのに4シーターで、荷物もそこそこ運べる。
実際、これでコストコで買い物したり、引っ越しの荷物を多少運んだりするのには役に立っているので、実用性の高いスポーツカーとして“当たり”だった。
そんなわけで、買ってからの5年ローンは大変だったし(自分でもよく払えたと感心する)、電車通勤になってからはほとんど乗ってあげられていないが、今でも“愛車”と言える代物。
来年の車検も当然通すので、ちゃんと乗ってあげたい(点検のたびにそう思うんだけど不実行なんだよなー)。

それから今日は「メガドライブミニ」の発売日で、僕は実家近くのゲオで予約していたので、それを引き取るのも実家へ帰った理由の3つ目。
今、現在まだプレイはできていない(今日は温存するつもり)。

ACアダプターがついていないので、ファミコンミニのアダプターが使えるかどうかを調べるために1回開けてみただけ(ちゃんと差し込まれたので多分大丈夫←この辺で大丈夫と決めてしまうところがアナログ世代)。
42本のゲームが入っているので、何からやろうか迷う。昔よくプレイしたゲームが良いのか、当時買いたくても(予算的に)買えなかったゲームが良いのか、まあひととおりプレイしてみればいいんだろうけれどね。
ただ、手に入れたことで満足感みたいなものが満たされてしまう(頭痛が痛いみたいな言い回しだな)のも、こういう復刻ゲーム機あるあるなんだろうか。
とりあえずコントロールパッドをもうひとつ買おうと思う(一緒にやる予定の友達いないけどな)。

そして、昨日買ったスーツケースやら洋服やらメガドラミニやらを車両点検のついでに実家から自宅へ運ぶために、ちょっとしたドライブ。
僕の車にはCDデッキしかないので、逆に、普段聴けていないCDを再生する良い機会と捉え、CDを買ったのにオマケのMVしか見ていなかった「VIPER」と「スマッシュ・ドロップ」と「ユメシンデレラ」をカップリングを含め聴いてみた。

で。

「メリーゴーランド」を聴いて、天ちゃんは難しい曲を歌わされるなぁと思った。
にも関わらず「難しい曲=良い曲」とは限らない。
多分、こういう曲も歌えるところを見せることが彼女に求められていることのように思うし、チャレンジして歌うというところに「雨宮天」の矜持を感じたりもする(とか訳知り顔で語ってみたけど、そんな深いもんじゃないかもしれないな)。
それに比べると「VIPER」はなんだかんだ「A面」の曲になっているんだよな。

麻倉ももの「スマッシュ・ドロップ」はMVしか見ておらず、そのMVの印象しか残っていなかったのだけど、ちゃんと聴いてみたら結構良かった。
「パズドラ」のアニメの主題歌なので、それを文字った歌詞を入れつつ、単純なラブソングとしても聴けるという、僕の好きなつくりになっていた。

いや、そんなことより!

このカップリングの「シュークリーム」はちょっと歌詞に問題があるんじゃないか?運転しながらずっとツッコんでしまったぐらい。
ここで詳しく書こうと思ったけれど、喋ったほうが面白そうなのでポッドキャストで語ろうと思います(著作権大丈夫かな)。
ただひとつここに書いておきたいことは「もちょには良い恋愛をしてほしい」ということだ(親目線)。

そんなことをしていたら、貴重な休み最終日が夕方まで過ぎてしまったのだが、休みをとことん有意義に使いたかったので、ジムに寄りながら帰宅。
そんでもって、このブログを書いて今に至る。

予想通り、3連休はあっというまに終わる。
ただ、ちゃんと息抜きにはなったなーと思う。明日から頑張れる活力は手に入れた。
ここ最近、いろんなことに覚悟ができていなかったので、もろもろ、きちんとやるつもり。

あ、でも、世間は明後日からまた3連休らしいね。
やや羨ましいが、僕は僕で頑張っていきますよ、ええ!(やや逆ギレ)

一歩前へ

あれもこれもしようと意気込んでも、なかなか上手くいかない。

ようやく自分のやりたいことの“手前”まで来てるんだけれど、そこからの一歩を踏み出すのがなんと大変なことか。
それでも一歩踏み出してしまえば、なんとかなるのだろうけれど。
やはりイチローが言うように「0を1にするのが一番大変」なのだ。

そんなわけで、0.5歩ぐらいは踏み出せたかな(一歩じゃないのかよ)という感じではある。踏み出してみてわかったこともたくさんある。

環境を変えなければいけない。
プリンターが欲しい。
日々、練習すべし。

などなどだ。
リミットを今月と決めているので、間に合うように帳尻を合わせよう。

さて、先週からちょうど一週間TrySail断ちをしていたのだけれど、今日解禁。
解禁したら絶対に最初に、と決めていた1st LiveのBDを観た。
乾ききったスポンジが大量の水を含むように、今まで見過ごして、聴き過ごしていた情報がみるみる自分の中に入ってくるのがわかった。
なんで“断ち”していたかの理由はそのうち書こうと思うが、何事も一旦距離を置くことで、わかるものがあるのかもしれない。
そしてやっぱりこの三人は凄いや、と改めて思う。
彼女たちが最初の一歩を踏み出したときは、どんな心境だっただろうか。
やはりイチローが言うように「0を(以下略

そんなことを思いつつ、今日踏み出した0.5歩を早く一歩にしていこう。
結局、それは“覚悟”みたいなもんだと思っている。

成長譚

録り溜めしておいた『荒ぶる季節の乙女どもよ。』を連続して見た。

女子高生の恋愛と性欲求がテーマ(なのか?)のアニメで、最初に見た第4話がわりと“生々しい”というか、「大人の階段を登る世代」のあれやこれや要素を強く感じて、次の5話を見て以降、なかなか続きを見る決心がつかなかったのだ。
でも興味はあるし、女子生徒に対して男子生徒の無邪気さみたいなもので、重くなりがちな話が救われてたりもしたので、6話から8話まで一気に見た。

泉が告白するシーンで泣いた。

なんというか、人生のうちで「思いをぶつける」という行為ができるのは、つまり「告白」しかないんじゃないかと思う。
いや、他にもあるだろうけれど、ほとんど全ての人が共通で「思いをぶつける」ことができる行為は「告白」(それも愛や恋の)に集約されるだろう。
アニメといえど、物語といえど、その瞬間のエネルギーの大きさに見事に当てられた形。
そういう“クライマックス”から始まって、この恋はどこに向かうのだろうか。俄然、続きが気になる。

いや、ひとの(っていうかアニメキャラの)恋とか言っている場合じゃないけれど。

あとED曲の『ユメシンデレラ』はちゃんと聴いたら、とても良い曲でした。

それからTrySailの「MUSIC VIDEO COLLECTION」が届いたので、早速見た。

『adrenaline!!!』から、突然画質があがり、3人のメイクや衣装が凝ったりと、ここが事務所も本気を出したTrySailの“着火点”なのだな(コストかけはじめたな)、というのがあからさまにわかって、そういう点で面白かった。
デビュー曲の『Youthful Dreamer』なんか、曲のリバーブすらほとんどかかってなくて、PVの内容も「使えるもの使いました」といった低コスト感が強い。
そこから、テレビCMに出たり、雑誌の表紙を飾ったり、ソロ活動も増えてきた現状を考えると、リアルでサクセスストーリーだよな(そしてやっぱりみんな垢抜けたよね)。
もちろん一番はそれぞれの(裏方さんも含め)努力と実力の賜物なんだろうが、古参のファンほど、このPV集を見て「TrySailはワシが育てた」感が強いんじゃないかと思う。

そう、本当にその通りだと思うし、たくさん主張していい。
多分、僕はおそらくTrySailの初期のPVとか紹介されても心が動かなかったはずだから(今見れば、そこに“完成されていない魅力”を感じることはできるけれど、それは“今”を知っているからだ)、そういう意味で古参のファンの方々はすごいし、今、僕がTrySailに嵌っているのはそういう方々のおかげなので、お礼を言いたい(強く!)。

デビュー曲から4年でここまで来た、という事例がある、という勇気みたいなものと、右も左もわからなかった新人アイドルが、立派なエンターテイナーになったという軌跡を知ることができる、という二つの意味で、重みのあるPV集だった(ただ、これ正しい見方なんだろうか)。

そんなわけで、今日はめずらしくテレビ(モニター)が久々に活躍した日。
このインプットをアウトプットにつなげよう。

これからのチャゲアスの話をしよう

CHAGE and ASKAからASKAが脱退。

という、字面だけではよくわからない事態が起きている。

まあ、ASKAとしては「もうCHAGEとやったってしょうがねえよなー」という思いの中、相方が絶対解散してくれないとなったときに、“この手があったか!”的な策を見つけたんだろう。
実質2009年には活動休止してたらしいから、ASKAのスキャンダルうんぬんを抜きにしても、まあ実質解散状態だったようなものだろう(逆にASKAが逮捕されて、話題になった部分もあるはずだ)。

個人的に、CHAGE and ASKAといえば、「SAY YES」でヒットする前に「万里の河」が入っていたアルバム(ググったら「熱風」というアルバムだった)を中学のときに聴いていて、カッコいいなと思っていたし、「SAY YES」や「YAH YAH YAH」は兄とカラオケでハモって遊んでいたので思い出深い。

結局は、ASKAが売れすぎちゃったんだよなー。
ヒット曲はASKAが作ったものばかりだし、ソロ曲でも売れた。
J-POPというジャンルにおいて稀代のメロディメーカーかつ、歌唱力も抜群。となればひとりでやっていきたくなるよなー、というのが素直な感想。

でも、やっぱり二人のデュオだったから良かったんじゃない?とも思う。
確かにCHAGEだけでは、ピンでやってけんのかという疑問符はつくけど(いや、ミュージシャンとしては凄い方でしょうけど、いわゆる芸能界の第一線で独りでやってけるか、の話だ)、安定したハモリ力とASKAを立てる力があったからこそ、CHAGE and ASKAは売れに売れたのではなかろうか。

ASKAが脱退してもなお、今後、CHAGEがひとりで「CHAGE and ASKA」を名乗って活動することはないだろうけど(田島貴男がソロでORIGINAL LOVEやってんのとはわけが違うのだ)、CHAGEがこの名前を守り続けて、いつの日か、また二人で歌う姿が見られたら、それはそれで、今日のこのなんとも“モヤッとする”出来事も、笑い話になるのだろう。

そういう“大人のお茶目さ”を感じさせてくれる魅力がCHAGE and ASKAにはあると思っている。
だから、僕は、その日を待ちながら、お二人の今後の音楽活動が幸多からんことを願っている。