この映画は公開された当時から気になっていたけれど、ずっと観ていなかった。
観たかった理由は、日本が舞台、主役がビル・マーレイ、なんとなく好きそうな雰囲気、といったところ。でも結局観なかった理由は、あんまりにもセンチメンタルすぎそうな感じがしたから。
ほとんどのシーンをちゃんと日本でロケしたようで(異文化の国での物語を強調するようにカリカチュアされてはいるものの)、珍しく「間違ってない日本」を描いているのが嬉しい。ソフィア・コッポラは日本に住んでいたことがあるらしいので、その辺のバランスはとれているのだろう。
ビル・マーレイは日本のテレビ番組を観てうんざりした顔をするのだけど(基本、この映画の中ではだいたいうんざりした顔をしているが)、映るのが深夜バラエティだったり、謎の白黒時代劇だったりしてちょっと演出されてる感はある(でも、当時バラエティを見慣れていたはずの自分から観ても「罰ゲームで二人羽織でうどんを食べる」というのをテレビで見て、それって本当に面白いか?という気にはなった)。電車の中で漫画雑誌を読むことや、音ゲーに興じる若者のシーンが挟まれていたけれど、外国人にはその姿が確かに奇異に見えるのかもしれない。
それだけでなく、突然、寺に行って祈祷を見るシーンだの、いけばな教室に迷い込むだの、京都へ行くだの、富士山を正面にしたゴルフ場でゴルフしたりだのがインサートされる。
いけばなのワビサビや、なぜ寺で祈願をしているのか、そのあたりは語られないが、それこそ、タイトルどおり「ロスト・イン・トランスレーション」(訳してしまうと抜け落ちてしまうもの)を起こさせようとしているように思えた。
事柄じたいは間違っていない日本が描かれるが、ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンの主人公二人が繰り出す夜の街は、正しい日本の姿とは思えない。
カラオケ館で歌うシーンはあるが、一緒につるんでいる日本人の若者は、エッジの効きすぎたパリピのようで(裏の世界、とまではいかないが夜の街で生きている感じ)共感はできない。行く店も仲間内のパーティーが行われているクラブだったり、謎のアングラ・セクシーバー(上半身裸で女性が体操みたいなのをするのだ。こういうのはアメリカ的発想だろう)みたいなとこだったり。
さすがに「居酒屋でくだを巻く」というシーンを入れても響かないのだろう。
ただ、こういう“ウサの晴らし方”はできる、できないは別として、誰しもしてみたいことだろうな、とは思う。仲間と一緒にちょっと悪ぶった行動をとってみて、騒いで過ごす。日本人もアメリカ人も寂しい時のウサの晴らし方は案外変わらないのかもしれない。
この映画ではとにかくスカーレット・ヨハンソンが可愛い。垢抜けないけど魅力的。平凡で、でもまだまだ遊びたい、自分の人生これでいいのだろうか、と人生の迷子になっている若い人妻を自然に演じている。
まさか今、スカヨハがあんな「男性を手玉に取る強かな女性」像になるとは、当時この映画を観ていたら思わなかった(これは木村佳乃がまさかあんなキャラになるとは、とほぼ同意です)。
女性監督ならではの感性だな、と感じたのはスカヨハが「女の子はみんな写真に夢中になる。馬を好きになるように。」というところ。
僕は今まで全く気づかなかったが、言われてみれば確かに女性は写真に夢中になるし(男性がカメラに夢中になるのとは違う)、馬が好きだ。
僕には、文化のギャップというのを日本人としてしかみれないから、この映画の意図するものは一生つかめないのかもしれない。
世代間のギャップという意味でも、主人公のように25年間の結婚生活を経験しているわけでもなければ(結婚自体経験がないし!)、ましてや新婚の人妻には一生なれない。
主人公の奥さんから電話がかかってきて、彼は東京の様子を伝える。
それを聞いて奥さんは「東京は楽しそうね」と言う。
主人公は言う。
「楽しくはない。この街は変わっている」
大人になっていろいろなものを抱えるようになると、異世界、異文化の街に来た時、僕らはこういう感情をちょっとだけ持つ。文化の違いに興味を持つけれど、それが楽しいか、と言われるとそうでもない。ただ「違っている」ということを面白がるだけだ。
そしてそういう自分がゆらぐ場所にいる時に、素の自分が何を求めているのか気づく。
だから人は旅をしたいと思うのだろう。
地味な映画だけど、結局これは「おとぎ話」である。
日本で公開された2004年、僕はまだ20代だった。その時見ても、おそらくこの映画には「退屈な映画だった」という感想を持っただろう。
40代になって観たからこそ、この映画は良いな、と思えるのかもしれない(スカヨハの幼い魅力も今だから可愛いと思えるのかもしれない)。
ただ、少し人生の機微がわかるようになった今、「人生ってなんだろう」と見つめ直したり、自分が何を求めているのかを考えさせられる作品ではある。
そういう人は一度観ておいて損はない。