2019年のアウトプット

2019年最後のブログは、今年のアウトプットについて書きたい。

まずはこのブログのこと。
今年も毎日更新できたのは自分としては快挙だ。
そして1日たりとも「投稿予約機能」を使っていないというのは僕の隠れた自慢だったりする。
“ちゃんと”、“毎日”、続けている証拠だから(「生存確認」とも言うよね)。
7/13に今のタイトル「高野ザンクのNerdy Days」になったのも感慨深い。それまでと変わらないようで、ここを境に、わりと自分の思いを正直に書けている気がする(気のせい?)。

人気のある投稿としては「C級ワインレビュー」がやたらと見られている。
単純にワインの銘柄で検索すると上位にひっかかるからで、「高野ザンク」の存在を知らずに記事を読んでもらえるのは、それはそれで嬉しい。
最終的に「マックに一番合うワイン」を選んでいてすみません。でも、今読み返しても、ワインの味の本質というか軸みたいなもんは捉えている(よね)。
来年は「白ワイン編」に挑戦しようか悩んでいたりもする。それから、赤ワインも、500円以下のワインはまだまだ飲んでないのがあるので、端から飲み尽くしてみたい、という野望もある(身体を壊さない程度にやってみます)。

あとは仙台ライブ以降はTrySailのことが頻繁に出てきたり、文学フリマ後は小説のことが多くなるのは、これは仕方がないことだろうし、ブログネタとして良い素材を得たとも言える。
今年、毎日更新できたのは、こういうネタができたのも大きいだろう。

 

小説といえば、今年は小説を公開し始めたのも大きな出来事だ(カクヨムで書いております)。

文学フリマで出会った書き手の方々に触発されたのがきっかけだけれど、なによりも江戸川台ルーペの存在がデカい。
これまで、つかず離れず20年以上の間柄だけれど、TrySailのこともあり、今年は月イチペースでつるんでいて、彼の創作との向き合い方が、僕の一歩踏み出す勇気に多大なる影響を与えてくれたのは間違いはない。
まだまだ小説を書く身としてはひよっこの僕だけれど、来年はぜひTrySailアンソロ本を一緒に出したいと企んでいる(無謀)。

 

書くことといえば、小説ではないけれど今年は本の出版に携わった。

ヴァイオリニストの西谷国登さんの著書『ヴァイオリン自由自在』の執筆のお手伝いをしたのだ。
僕が関わらなくても、国登さんだけで書けた本だと思っているが、プロの音楽家だと「感覚でわかってしまう」部分を、誰でもわかるように言語化することを心がけて校正や執筆補助をした(「著者側の編集者」という役割に近い)。
今思うと、春秋社のご担当者様には、素人かつヴァイオリンを弾けない奴が生意気なことをお願いしたりしたので、反省している。
でも、こだわったおかげで、ヴァイオリン経験者はもちろん、まだ弾いたことのない人にとっても、イメージがつかみやすい本になったと自負している。
この時の経験が、のちの小説やら、日々のブログやらにプラスになっていることも間違いない。
それと、思い返せば、国登さんとも8年ほどの付き合いになるが、こういう共同作業をしたのは初めてのことだった。

 

西谷国登さんといえば、5月からはKUNITOPodcast!」で共演させていただき、ポッドキャストデビューもしている。
週2回という驚異的なペースで配信していて、Apple Podcastの音楽カテゴリーで世界8位をとったこともある。

“世界8位”ってすごいよね!
その根拠は全くわからないのだけれど、取ろうと思って取れるものではないので、素直に嬉しい。

それと、これをきっかけに自分の声を使うことが多くなった。
良い声だね、と一部の人からは言われていたし(多少自覚はあります←やかましい)、それもあるから「歌う」なんてけったいなことをやってる部分はあるが、喋る声が「通用する」というのは、自分にとっては嬉しい発見だった。
まあ、まだ“ナチュラルボーン”で誤魔化してる部分は大きいので、修行していきたい。

しかし、「KUNITOのPodcast!」の収録は楽しいけれどハードで、平日の午後8時から6本録りしたこともある。実は、この大晦日も5本録りしている(まさにこのブログが更新されている最中に!)。
でも、もともと声でなにかをしたいと思っていたので、そのきっかけを作っていただけたことにとても感謝している。

 

で、ポッドキャストといえば、自分でもポッドキャストを始めてみた。
「高野ザンクのNerdy Days ONAIR版」

これは「KUNITOのPodcast!」で、「俺ってけっこう喋れるんじゃねえ?」と味をしめて始めたものだ。
で、3回ほど公開した後で「このままでは面白くない!」と思って、一応ミュージシャンらしく「16小節の恥ずレター」のような、曲を作って歌うコーナーも入れてみた。
最近このコーナーが頓挫しているのは、詩とメロディを即興で作れることは作れるのだが、知ってるコードが少ないため、ギターで演奏できない、という致命的な欠陥に気づいたから(ヘボ)。
でも、来年は趣向を少し変えたとしても「曲を作って歌う」というコーナーは続けていきたい。
一応、音楽活動するのが人生の目的だからさ。

 

音楽活動といえば、歌は(これは高野ザンクとして、ではないけれど)3月と10月に人前で歌った。12月にはギターも弾いた。

“まともな”曲を作るには至らなかったけれど、リハビリ的に『缶バッチ』や『パスタ』のような即興曲は作った。
来年は、“ちゃんと”曲をつくるのが目標。そして“ちゃんと”歌う。
そのための努力をたくさんしよう。

 

そんなわけで、トータルで言えば「高野ザンク」として大いに活動できた1年だった。芸名は去年からあったけれど、ちゃんと活動したのは今年からだから、令和元年は、高野元年でもある(大きく出たな)。
まだまだできることは物足りないが「やろうかな、どうしようかな」と思っていた状態から、実行に移せたのだから、0を1にできた年と言っていいだろう(さりげなくイチロー)。

2020年もこの流れを止めずに、もっと量的にも質的にも活動を増やしていきたい。このブログも続けていくので、そっと見守っていただけると(いや、がっつり見守っていただいても)嬉しいです。

そんなわけで、今年もおつきあいありがとうございました!
来年もどうぞよろしく。

良いお年を!

ヴィオラと歌とワインバー

親交があり、またフィットネス仲間でもある手塚貴子さんが、西麻布のカデンツァーレというワインバーでヴィオラと歌のステージを持つ、というので行ってきた。

手塚さんのヴィオラと歌は5月に聴く機会があったが、それ以来だったし、ワインバーという空間で、どのような演奏が聴けるのか楽しみにして行った。

2ステージ制で、1ステージ目はヴィオラの演奏。

最初の曲は「愛の挨拶」。
僕はこの曲が大好きで、ヴァイオリン演奏はいくつか聴いたことがあるけれど、ヴィオラでの演奏は初めてだった。
ヴァイオリンで聴くよりも暖かさがあって、まろみがある演奏。
ヴァイオリンがみずみずしい、まだ付き合いたての恋人たちの愛の挨拶だとすると、すこし落ち着いた大人の愛の挨拶のようで、夜のムードと良く合っていた。

続いて、手塚さんが一番好きな作曲家だと言うバッハの曲目から、「無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調」が演奏される。
曲の切れ目で、店内を移動して場所を変えて弾く趣向が面白かった。
僕はヴィオラを演奏できないので(っていうかクラシックの弦楽器全部だけど)、その凄さの本質はわからないのだろうが、指使いと弓使いが間近で見られるという贅沢で貴重な経験ができた(全然弾けなくても面白いんだから、ヴィオラやヴァイオリンを演奏している人には最高に面白かっただろうなーと少し悔しかったりもする)。

続けて1ステージ目の最後はフォーレの曲から「シチリアーノ(シシリエンヌ)」、「夢のあとに」、「子守唄」と続けて3曲を演奏。
「シチリアーノ」は、個人的には、これ最初のフレーズを聴いて、なにかの思い出にひっかかる奴だ、と思った。でも、それがなにかは思い出せない、というか思い出すと泣くかトラウマを引っ張ってしまいそうなので(やや悲しい気分になるのできっとそういう系)、考えるのをやめて演奏を楽しんだ。
フォーレの曲はどれも僕の好みだったので、音源を色々聴いてみたい。

それにしても、ヴィオラという楽器は面白い楽器だなーとしみじみ思う。
やっぱり中音域に魅力があるのだろう。特に、お酒の店と相性が良い気がする。
音色も熟成されたウィスキーのような、または芳醇な赤ワインの味わいを感じた(キザな言い回し)。

2ステージ目は歌のステージ。

「Night and Day」、「Misty」とジャズのナンバーが続き、大人の時間を感じさせる。

続けてカルメンのアリア「ハバネラ」ではフランス語で歌唱、その後の「イパネマの娘」、「ワン・ノート・サンバ」ではポルトガル語と、語学好きな手塚さんならではのラインナップ。
「ハバネラ」もジャズっぽく夜の雰囲気があり、ボサノヴァは手塚さんのキャラクターにとても合っていてお洒落。

そして発見したのは、手塚さんの高音域の綺麗なところ。
プロのヴィオラ奏者だし、イメージとして“かっこいい女性”なので、中低音はもちろん素敵だけれど、少し高いキーの時に出す声が、クリアで魅力的な声質で、“可憐な女性”らしさを感じた。
ヴィオラ演奏同様、歌でも雰囲気を持っている人なので、幅の広い歌声を手に入れたら、もっと魅力が増すんだろうなあと思う。
5月に聴いたときには見つけられなかった魅力なので、次回、歌声を聞くのが楽しみになった。

実は初合わせだったという芳賀信顕さんのピアノ(と掛け合い)も楽しく、アンコールの「Fly Me to the Moon」まで、手塚さんの音楽性を堪能できたステージだった。

それにしても、手塚さんは、ヴィオラ、歌だけでなく、来年は指揮でも本格的にデビューするらしい。

その姿勢を見習いながら、僕も頑張ろう、と、パワーをもらえたステージだった。
次回もまたぜひ聴きたい。

2019年の追っかけの終わり

江戸川台ルーペと秋葉原に行った。

TrySailの今年のライブツアーで着ていた衣装が、秋葉原のアニメイトで展示中だったからだ。

展示される衣装はアンコールの時に着ていた白いツナギ。
ライブ公演後に三人が他のメンバーのツナギに落書きをしていったもので、日本全国を周った証でもある。実際に本人たちが着ていたというだけでなく、そういう“1年の歴史”を感じさせるものなので、これを見ないと、僕らの追っかけの旅も終わらないのではないかと思ったのだ(旅行記はこちら→追いかけて仙台前編後編

しかも、この日はツアーファイナル公演のBlu-rayが発売される日で(公式発売日の1日前だったけど)、僕はゲーマーズ購入特典のブロマイドが欲しかったので、これを買うという理由もあった。

すべてが、この日を旅の終わりにする、というお膳立てができていたのだ。
(狙ったわけじゃなくて、たまたま二人ともこの日しかダメだったのだ。すごくない?)

果たして、アニメイトで飾られていたツナギは、『Sunsetカンフー』の衣装展示の時と同様、わりと“こじんまり”としたスペースに置かれていたのと、「ツナギ」という素材からか、華やかさはなかったけれど、半年間のツアーを乗り越えてきた重みはずっしりと感じられた。

展示されていたツナギ

僕らが行った宮城公演の時の落書きがなかなか見つからなかったが、ちょうどその時誕生日(前日)だったもちょのツナギに「おめでとうメッセージ」を見つけられたので、なにかすべてが報われたような気がした(錯覚)。

(o・∇・o)おめでとー

プロセスを記録していくことが歴史になる、ということを体感したような思いもある(大袈裟)。

一通りツナギを堪能した後、忘年会を兼ねて、タン塩が有名な焼肉店に行く。
仙台の旅は、牛たん定食で始まったから、同じく牛たんで締めるのが、僕らのTrySail追っかけのファイナルとしてふさわしいと思ったのだ。
僕の2019年を象徴する出来事のひとつだから、きちんと完結しておきたかった。

江戸川台ルーペとは、それまで半年に1回、下手をしたら1年に1回会うか会わないかという状態だったのに、今年は6月以来毎月何かしら理由をつけて会っているということ。そして、文フリを含む交流を経て、僕の物書きスイッチが入ったこと。
すべてTrySailという存在から始まっているといっても過言ではない。
それが良いことなのかどうかはこれからの自分次第だけれど。

焼肉からロイホに移動し、1年の集大成みたいな話をして、僕らの2019年の旅は終わったが、僕としては購入したライブBlu-rayを見終わるまで、まだ終われない気がしたので、帰宅してから鑑賞。

もちょの髪型とか、くじ引き曲が同じ『Baby My Step』になるとか、奇しくも宮城公演とリンクする部分もあり、あの3階席から観た光景を頭に浮かべながら観た(サイリウムをぐるぐると高速で回してる人達がカメラに写ると、「あ、あのファンの先輩方がやってた奴だ!」とか懐かしく思った)。
6月の公演時は、ファン歴3ヶ月足らず。詰め込み方式で、TaySailの楽曲は全部口ずさめたものの、さすがにそれぞれのソロ曲まではカバーできていなかったのに、今では、ソロ曲も歌える自分という自分に、どれだけTrySailにハマってんだよとツッコんだりもする(だが、それでいい)。

結局、午前2時まで、諸事情があって負傷中の右手も構わずブレードを振りながら鑑賞した(バカ)。
以前観たライブBlu-rayも最高だったけれど、自分が参加した、という点を含めると今回のBlu-rayは最高オブ最高と言わざるを得ない。
そして、来年こそはBlu-rayが収録されるファイナルその日に、同じ空間にいたいと強く思う。

その日のために、気力、体力その他もろもろ鍛えておきましょう。
来年もよろしく!

来年はここに行く…のか?

2019年の演奏納め

無事、演奏は終わりましたよ。

諸事情のため、詳細は書けないのだけれど、関係者各位みなさまお疲れ様でした。

そして、僕のギターだが「まあ、あんなもんじゃないの?」という感じ(ひらきなおり)。あいかわらず、バレーコード関係がカスったけれど、コード間違いしなかっただけマシだったと思う。
本番よりリハーサルのほうが良かったし、それより昨日の練習のほうが良かったが、それは「よくある話」で、結局のところ、本番は緊張する、という当たり前の事実を思い知った。
こういう機会がない限り、めっきり弾かなくなったからねー。
毎日10分でいいから弾こうと思います(一応、今日の反省)。

で、緊張ゆえか、3時過ぎに目が覚めたり、電車に乗り間違えたりと、今までなかった経験をした日でもあった。
まあ、それも0を1にしたと思えば良いのだ(うるさいよ)。

さて、これで今年自分が「出る」系のものは終了。
それでも小説書いたり、曲作ったり、部屋を片付けたりしたい(それ同列?)。
あと、痩せなきゃ!

やることはたくさんあるので、とにかく頑張ろう。

はじめからやりなおし

久々に晴れ。

休日なので、いつもより遅く起きて(でもゴミ出しの時間には間に合った)週末の疲れを取り除く。

近々ギターを弾く機会をもらったので、午前中は真面目に練習。

いやー、それにしても自分のギター“弾けなさ加減”に(謙遜でなく)呆れる。
ずいぶん昔とはいえ、毎週路上で弾き語りしていたとは思えない。
それからも弾かない時期も多かったとはいえ、何十年かのキャリアで“バレーコードがまともに弾けない”というのは、完全に才能ないんじゃないかとやや落ち込む。

実際に弾くのは1曲で、その練習はもちろんしているが、改めて初心者用のギター教本を買ってきて、頭から初めてみた。
ブラッシングとかハームタイムシャッフルとか、そういうテクニックがあるんですね。
どういうテクニックか、やってみると、名前も知らずに雰囲気で使ってたことはあるけどね。(見栄をはる)

まあ、とにかくそういう状況。
でも、演奏の機会をいただいたので、とにかく足掻く。
弦も昨晩張り替えたのだが、ずいぶん前に買った弦なので、すでにサビがある。
これで本番に臨むのは気持ち的に萎えるし、弦ぐらいはきちんとしておきたいので(形から入るタイプ)、明日、改めて購入予定。

そんでもって頑張ってジムも行った。
体重はあいかわらず減らない。
ここ3日、アルコールも飲んでないんだけどなー。マズいなー。本気ださなきゃなー(口だけ)。

ほとんどいかないクイーンズ伊勢丹に行ったら、昨日ブログに書いた、カキフライ、エビフライ、カニクリームコロッケが並んでいたので、これもセレンディピティ的な奴だと思って買った(なにごとも解釈次第だな)。
晩御飯に食べる。
「揚げ物を控えないと…」というゴールドジムインストラクターの声が頭に響くが、ほら、反体制なのがロックだろ?(解釈次第)

それと、カクヨムでキタハラさんの『熊本くんの本棚』を読了。
いやあ、すごい小説だった。
しかも、自分にとっては“良いタイミング”で出会えた気がする。
レビューは改めてカクヨムに書く。

そして、文フリで触発された勢いのまま、小説を書き始めた。
出だしの部分と、思いついたシーン、セリフを書き出しているだけで、まだまだ先は長いが(どのくらいの長さになるかも不明だが)とにかく始めてみた。

結局、昔書いた奴ではなく、昨年に思いついた話をきちんと仕上げようと思う。
書きながら、書きたいものに実力がついていかないのを早くも痛感するけど、まずは仕上げてみる。
今年中にできるかな(やりなさい)。
ギターの練習をしなければいけないのに、小説に気がいってしまうのは、勉強しなきゃいけないのに漫画読んじゃうアレのような気もする。

ただ、ギター弾くのは楽しい。
できない自分にイライラするのは確かだが、弾くこと自体は楽しいし、この間音合わせした時も、ボロボロだったけれど、超楽しかった。

弾かなければ上手くならないし、弾けない不安は弾くことでしか解消できないのだ。

とはいえ、Fコードぐらいは綺麗に弾けるべきだろうけどね。
まあ、一歩一歩進んでいきましょう。

復刻の浅草オペラ

今月初めに浅草オペラの復刻イベントである『ああ夢の街 浅草!』を鑑賞した。
ちょっと間があいてしまったが、感じたことを書いておこうと思う。

「浅草オペラ」の存在は聞いていたし、「コロッケの唄」というのがあるというのは知っていたけれど(聴いたこともある)、実際にその舞台を見るのは初めて。
お仕事でお世話になっているソプラノの大塚京子さんが出演されるご縁で、11/2の夜公演を観ることができた。

浅草自体、そんなに行ったことがあるわけではないので、そのイメージは浅草寺、そしてコテコテの東京漫才(ナイツとか東MAXとか)なのだが、その東京漫才の聖地とも言われる、浅草東洋館が、今回の浅草オペラ復活の舞台である(他の会場でも公演はされました)。

まずこの会場がすごかった。年季の入ったエレベーターで4階まであがると、これまた昔の映画館の入り口のような雑然としたロビーが現れる。そして劇場内に入ると、和風というよりは、昭和初期の大衆劇場を彷彿とさせる。
舞台のことを「箱」と呼ぶことが、その呼び名がぴったりといった印象だった。

そして浅草オペラの幕は上がる。

活弁士 麻生八咫さんの進行で、たくさんの歌い手さんたちが次々と歌う。ソロで歌う曲もあるが、コーラスはもちろん、歌い手さんが後ろで芝居を演じていたりと、とにかくにぎやか(そして飛び交う“おひねり”)。
なにせ、クラシックで鍛えたプロの方々が集まって歌うので、聴き応えがある。
それと、演奏もカラオケではなく、小編成ながらも(ピアノ、ヴァイオリン、クラリネット、アコーディオン)生演奏なのが良い。グルーヴ感が段違いに出る。

演出としては、昭和の大衆オペラを“そのまま”再現している、というよりは、当時の昭和を、多少のパロディとカリカチュアを交えて再構築しているんだと思う。
だから、当時の技術では最大限の努力だっただろう、ハンドライトでの主役へのスポット照明や、紙で作った小道具の月などが、令和の時代の今に再現されると「レトロ」という部分で笑えるのだ。

大塚京子さんは、テネシーワルツでは堂々かつ可憐に聴かせ、コロッケの唄では下町奥様なりきりで楽しませてくれた。
それからプログラムには載っていない「人形焼 木村屋本店」の生コマーシャルでもお母さん役で歌ったのだけれど、このCMソングが特に面白かった。
ローカル感もあり、スポンサーへの愛もあり、こういうのを当時の舞台でやっていたのだとすると、良い時代だったんだなと思う。

他に印象に残ったのは「おてくさんの歌」を演じた、みすぎ絹江さんと、島田道生さん。
あとで調べてわかったのだけど、島田さんは「カンツォーネ!」の掛け声でおなじみの(おなじみか?)オペラ芸人「島田夫妻」の人なんだね。
一度テレビで見て、僕の「面白くないけど好きな芸人」枠に入っていたので、ここで実際に見れたのは嬉しかった(でも芸人は解散したようです)。
とにかく、この二人の掛け合いが面白かった(そして歌うとすごい上手い)。
島田さんの「カッコつけながらもスカす」というのは、僕が思う「真にカッコいいこと」に通じるので、お手本のようにして観た(笑わせておいてキメるとこキメる、っていうのに憧れるのだよ)。みすぎさんとの間の取り合いも良かった。

それから鈴木沙久良さん(ソプラノ)。
系統の違う曲をたくさん歌っていたが、清純派の女優像から、はすっぱな小娘まで、同じステージの中でガラリと違う演技ができるのが見事だった。

また、この日の舞台では、特別に関西オペラ界のレジェンドと称される林 誠さんが出演したのだが、その“レジェンドぶり”たるや。
かなりご年配だと思うが、衰えない声量、魅了する歌声。本当に“生きる伝説”を見た、という感じになった(弟子の方々も素敵でした)。

何事も、人を楽しませるには技術が必要だ。
この復刻版浅草オペラ。高い技術を持った方々が、プロに徹してやるんだから面白くないわけがない。
出ている方々はほとんどがクラシック畑の歌手の方だから、ある意味“おふさげ”な舞台はとても難しいだろう、照れたりしたら観客はしらけるし、「自分のカラーじゃないからこんなのできない」という感じで演じていたら見透かされる。
そういうことを全く感じさせなかったから、出演者全員が舞台を楽しんでいたのだろう。

真剣にふざける、でも音楽に対してはとことん真面目に。

そういう部分に隠れたプロフェッショナリズムを感じた。
聴きながら、純粋な楽しみと、出演者への畏怖の念がないまぜになった。
いやあ、皆さん、スゲーよ。

実際は、ヨーイドンのぶっつけ本番に近い部分も多いようだが、それを感じさせないし、多少のミスもご愛嬌で済ませられる。
決して十分な練習時間がとれたわけではないだろうけど、こういう舞台を作り上げられるということで、舞台への取り組み方も学べた。

高い技術を“オモシロ”に落とし込むっていうのは、自分のやりたいことにも通じてる。
そういう意味でも十二分に刺激を受けた場だった。
プログラムが3パターンあったようなので、次回復刻した際には、一通り見てみたい。

純粋に楽しめたし、勉強にもなった。
エンターテイメントってこうでなくっちゃね。

時間割れない

久しぶりに(か、どうかちょっと思い出せないのもなんだが)、予定の時間に起きられなかった。

昨晩、飲みすぎたのかもしれないし、身体がここ最近の睡眠不足を取り戻したかったのかもしれない。
っていうか、どっちもだ。

昨日の休みは時間割通りにはいかなかったが(いかないのかよー)、7割ぐらいはこなせたので“まあまあ”としておく。

とにかくジムに行ったので、偉かった。
体重は大変なことになっていた。
思い当たることばっかりなので、当たり前ではあるのだが、現実って残酷ですね。落ち込んではいられないので、直後にケンタッキー食べたけどね。

「SACRA MUSIC FES.2019」のBlu-rayを買った。所属アーティストのお祭りライブの映像で、2枚組50曲以上入る中、僕が聴きたかったのはTrySailの5曲(+コラボ2曲)だけなので買うの逡巡したんだけど、「推しに金を使わないでどこで使うんだよ!」という心の声が聞こえたので(なにかの病)、Amazonでポチッた。

フェスならではとして、TrySailとClariSがお互いの楽曲『コネクト』と『かかわり』をコラボして歌っているのも入っていた。コラボっていうほどじゃなかったけど(2グループにパート分けただけな感じ)、これはこれで貴重なのだろう。ClariSの髪を巻いているほうの人(ファンに怒られそうな呼び方)の歌が上手くて、聴きながら、思わず「上手いなー」と呟いてしまった。『かかわり』をちゃんと自分の曲にして歌っていた(こういうのお手本になるよねー)。

ともかく、他のユニットのファンもいる前で、TrySailがどんなパフォーマンスをしているのかが見られるだけで値段分の価値はあった。あと『WANTED GIRL』で、ナンスが叫んでる言葉が「Say!」っていうのがわかったのも良かった。悩んでるぐらいなら(出せるお金は)出すべきなんだろう。

身の回りに関しては、いろんなものが込み入ってきて、整理しなければいけないことが多いなー、と思う今日この頃。
ひとつひとつ片付けなきゃね(贅肉もだよ)。

いつものアレ

ひとり暮らしをするようになってから、朝、シャワーを浴びるようになった。

とある本に、「シャワー浴びてる時が、一番思考が働く」というようなことが書いてあって(うろ覚え)、確かに、シャワーを浴びながらだと、面白い考えが浮かぶことが多い。
ただ、そこから数分立つと、何考えてたか忘れちゃうことばっかりだけどね(ダメじゃん)。

で、今日、考えたのは、
「どの曲聴いても同じだよね」
という言葉について。

ミュージシャンが売れてくると、よく言われる言葉だし、僕自身もそう思うアーティストはけっこういて、それは“揶揄”の意味だと思っていた。だけど今日は、ふと、(シャワーを浴びながら)これって“褒め言葉”じゃん!と思ったのだ。
だって、ファンが期待しているのはそれなんだから。

好きなアーティストが「新しい挑戦」をした場合、ファンはそれを歓迎し、見守るけれど、やっぱり最後は「いつものアレ」をやってほしいと思うものだ。「新しい挑戦」は結局、“変化球”で、それは「いつものアレ」という王道があるからこそ、「こういうのもいいよね」として認められるものなんだと思う。
ライブでヒット曲の「バラードバージョン」みたいなの、許容できるけど、オリジナルのほうが聴きたかったよ!と思うのがファン心理なのだ。
これは音楽だけじゃなくて、小説でも、映画でも、すべての創作において言えることだと思う。

こういうことを思ったのは、つまり、僕もいろいろなアーティストの“いちファン”だからだ。
その人たちが“変わったこと”をしているのを見ると「それもいいけど、いつものがやっぱいいな」と、素直に思うからだ(ファンってめんどくさいですね)。
というより「その“変化球”を王道のほうに取り入れてね」って思う。
ファン以外の人には「どの曲聴いても同じ」だけれど、ファンは揺れ動いている過程もしっていて、その果ての「どの曲聴いても同じ」だから、ずっと好きだし、ファンでいられるのだと思う(やっぱりファンってめんどくさいですね)。

反面、僕も、創作する人間の端くれとして、まずは「どの曲聴いても同じだよね」と言われるぐらいにならなきゃなー、とも思う。
それには、まず「数」を作らなきゃいけない(まだそこ)。そして数を作っているうちに「軸」ができる。その軸をもとに「王道」を作ろう。

今から、どこまでいけますかね。でもやるしかないですよね。

(で、このことを何がきっかけで考えたかというと、それはTrySailからなんだけれど、それはこのブログだけの秘密です。)

演奏会『クララ・シューマンと仲間たち』

練馬区演奏家協会コンサート『クララ・シューマンと仲間たち』に行ってきた(@練馬文化センター 小ホール)。

ヴァイオリンの西谷国登さん、チェロの毛利巨塵さん、ピアノの坂田麻里さんの3人によるユニット「石神井の森トリオ」の演奏会だ。

そのタイトルにあるように、シューマンの妻であり、ピアニスト、作曲家としても知られるクララを中心に、交友のあった音楽家や女流音楽家の曲がラインナップされるというコンセプトの演奏会だった。
その趣向を凝らしたコンセプトの影響か、途中の曲紹介をそれぞれがブラームス(西谷さん)、ロベルト・シューマン(毛利さん)、クララ・シューマン(坂田さん)に扮して、寸劇風に行うという試みも。
普段、クラシックを聴き慣れないお客様もいただろう中で、堅苦しさを取り除くようで、面白い試みだったと思う。

1曲目はブラームスの「ハンガリー舞曲 第6番」。
軽快でノリが良い曲が最初にくることで、こちらの気持ちもグッと前向きになる。

次のシューベルトの「セレナーデ」は、冒頭の有名な部分しか知らなかったけれど(我ながら不勉強)、人生の喜怒哀楽を感じられる素敵な曲だった。

3曲目の「F.A.Eソナタ」は、すでに西谷さんの“持ち曲”と言えるほどサマになっているが、今まで聴いた彼の演奏の中で、一番、そのモチーフである「自由だが孤独に(Frai aber einsam)」を表現している演奏のように感じた。

4曲目の「無言歌 ニ長調 op.109」。
フェリックス・メンデルスゾーンによる曲だが、毛利さんならぬ“ロベルト”が言うには、「無言歌」という名称は、姉であるファニー・メンデルスゾーンが考案したものらしい。
坂田さんのピアノと息のあったチェロの音色は、老練な滋味深い味わいでとても魅力があった。

前半最後は、今日の主役であるクララ・シューマン作曲の「ピアノ・トリオ ト短調 op.17」。
メランコリックな出だしで始まり、短編映画を観ているかのような展開の第1楽章のドラマティックさに、思わず楽章終わりで拍手をしてしまう。
4楽章の曲だったが、楽章をつらぬくヒロイックな印象が心に残った。

休憩をはさんで、第2部は、坂田さん演奏によるピアノ曲が3曲続く。
まずは、バダジェフスカの「乙女の祈り」。
耳馴染みのある曲だが、生演奏で聴くと、より楽しいのがわかる。同じようなメロディーが少しずつ変化をつけて続いていくので、それを追いかけるのも面白い。

そして短い曲であるシマノフスカの「ノクターン 変ロ長調」をはさんで、ショパンの「ノクターン 嬰ハ短調 遺作」が演奏された。
美しい旋律に、ときおり陰がさすようなメロディラインと、その技巧に、これぞ「ピアノ曲」といった印象を受ける。生で聴けて良かったと思える曲。

そして最後は、ファニー・メンデルスゾーン作曲の「ピアノ・トリオ ニ短調 op.11」が演奏される。
ドラマティックな第1楽章、女性としての優しさや慎ましさ(あるいはそれは生きるための方便だったかもしれないが)を感じる第2楽章、第3楽章でロマンティックになり、最後にガツンとくるような第4楽章といった、聴き応えのある構成の曲。
ぜひ、もう一度聴きたくなるような演奏だった。

アンコールは、シューマンの「トロイメライ」で(最後までロベルトを演じていた毛利さんが素敵だった)、懐かしいような落ち着いた雰囲気を作って、この演奏会が終わった。

さて、この演奏会、内容の濃さはもちろんのこと、その聴衆の多さがとても印象に残った。
約600席がほとんど埋まるほどの客数に「クラシックの生演奏を聴きたいという人がこんなにたくさんいるんだな」と改めて思った。
仕事柄、僕は一般の人よりは生演奏を聴く機会に恵まれているが、それがいかに貴重な経験であるかを痛感した出来事。

そして、今回、この演奏会に来た人たちが、生演奏の楽しさに触れ、また足を運ぶことになったら、それはとても嬉しいことであるし、きっとそうさせてくれるだろう演奏をしてくださったお三方を、いち音楽業に携わる者として(そしていち音楽ファンとして)心から尊敬している。

また、こういったコンセプチュアルな演奏会に行ってみたいなと思う。

ポッドキャスト裏話

ポッドキャストの4回目を公開。

3回目までも楽しんでやっていたけれど、ふと、これだけでは“意味”がないな、とふと思ったのだ。
ただしゃべるだけなら僕よりも上手い人がいるし、僕は別にラジオパーソナリティになりたいわけではない(いや、チャンスがあればやりたいですよ!でも“真の”目標ではない)。
結局、自分はミュージシャンでいたいんだよね。

その時、ふと思い浮かんだのが、身近なものを歌にする過程を公開したら面白いんじゃないか、ということ。それも面白可笑しい曲を。
もともと自分が得意だったし好きなのは、コミック過ぎないパロディソングを作って、それをスカして真面目に歌うことなのだ(だからレイマーズやってたときが最高に楽しかった)。
果たしてそういうものを、自分以外が「面白い」と思うのかはわからないが、とにかく自分が面白いというものを、ちゃんと音楽でやっていこうと思ったのだ。

で、それを実現したコーナーが「16小節の恥ずレター」。
ここで裏話をしてしまうと、実際は録音しながら作っているわけではなく、一度、こういう過程で作ったものを「トレース」している(とはいえ、「このネタで歌作って!」と言われれば、多分同じぐらいの時間で作れる自信はあるので、一応“半リアルタイム”という表現で公開している)。

「バッチ」は Badge だから本当は「バッジ」と書くべきだけど、あえて「バッチ」にしているのは「カンバーバッチ」と合わせるだけでなく、そのほうが昭和感というか、ハンドメイド感が強いから。
あと「カンバック」も本当は「カムバック」だけど、あえて「カンバック」なのもそういう理由(我ながら、なんだそのこだわり)。

改善の余地のあるコーナーではあるが、まずは3回はやってみるつもり。

あと「あっぱれ張本勲カルタ」はまた勝ち抜いてたね(あっぱれ!)。

それから「シュークリーム」については、いろんな人の解釈を知りたい(そういう意味では、面白い曲だよな)。

そしてエンディングに使った「音楽」という曲だけれど、これはカラオケルームで録音したもので、カラオケルームは録音に向かないことがよくわかった(壁が音を反響するようにできててピッチを掴みにくいのだ)。
そういう備忘録的な意味でも使用した。
次回は録音しなおしたものを掛けたい。

そんなわけで、自分が配信番組でやりたいことを盛り込んだ内容になりました。
スベってるかもしれないけど、ところどころ面白がっていただけれると嬉しいです。

とにかく、やりきったよ!