クーポンユーザー

クーポンを使う男性はモテない、とどこかで読んだ。
“割引券”を使うというのがケチくさい、だからダサいということらしい。

わからないでもない。
いっぱしの男だったら、そういうチマチマとしたものを使わずに、サラッとフルプライスで払うべきだ、ということだろう。

でも、この資本主義経済の社会で、Amazonの商品は大抵値引きがされ、ぐるなびのクーポンかと思いきやそれがそのまま店で提示されていたりして、何が“正しい”値段がわからない昨今、もうそんなことでケチとかダサいとか考えなくていいのではないか。
好きな男性がクーポンを使えば「節約家」だし、嫌いな奴が使えば「ケチ」。そんなたぐいの話なんだろう(だいたい家計が一緒になれば割引できたほうがいいのだし)。

前置きが長くなったが、今日、はじめてセブンイレブンアプリのクーポンを使った。
アプリ自体は3ヵ月前ぐらいに入れていたし、クーポンが送られてるのも知っていたけれど、あんまり興味がなかった。
しかし、今、送られているクーポンは「カフェラテ1杯無料」だったのだ。

セブンイレブンのコーヒーを以前は1日1杯飲んでいたほどヘビーユーザーではあったが(今は、家でドリップコーヒーを飲むのでほとんど飲まなくなった)、カフェラテは一度も飲んだことはなかった。
今日、仕事が伸びて夕方に疲れが出てきた時に、ふと、このクーポンのことを思い出した。
昨日も書いたように、僕は現在、iPhone移行計画の真っ最中である。
なので、今まで使わずにいたアプリも積極的に使ってみようと思ったのだ。
まあ、単純に、セブンのカフェラテってどんなもんだろうか、と思っただけかもしれない。
とにかく、試供品のつもりで飲んでみた。

で、予想以上に美味しかった!
僕はカフェラテに砂糖を入れないで飲むのが好きなのだけれど、そういう飲み方に合ったスッキリしたテイスト。ミルクとコーヒーのバランスがちょうどいい。逆に言えば「ラテ」の主張はやや弱いから、ラテ好きには物足りないかも。でも、また飲もうと思える美味しさだったので、販促効果としては十分すぎるクーポンの気がする(業者目線)。

あと、ちゃんと店の人が、クーポン出したらすぐ反応してくれたのが良かった。たまに「なんですか、それ」みたいな対応で、ともすれば店長を呼びにいくシチュエーションになってしまうこともあるから、そのあたりはきちんとしてて、(僕の行きつけの)セブンはしっかりしてて良かった。

使ってないアプリも、きちんと整理していこうと思う。
そして使うかどうかわからないクーポンもね。

愛ちゃん、卓球辞めるってよ

福原愛選手が引退した。

ずいぶん長いこと卓球界を支えてきたなーと思う。
小さい頃「天才」ともてはやされても、大人になると埋もれてしまう人が多い中、日本を代表するアスリートになったのは素晴らしいことだと思う。しかし、あの「愛ちゃん」が29歳だもの、そりゃ歳取るわけだよ。

小さい頃からその一挙手一投足に注目を受け続ける感覚ってどうなんだろう。ものすごいストレスだったと思う。それを乗り越えられるようになったのは、オリンピックでメダルを取った頃ぐらいなんじゃないか。それでも道を踏み外すことなく結果を出した彼女の生き方に頭がさがる。
会見を見ると、やりきった、という感じの顔をしていたので、充実した選手生活だったのだろう。

愛ちゃんがいなければ、卓球という競技はもっと地味な扱いだったろうし、石川選手や伊藤選手のような強いフォロワーも出なかったろうし、「サー」という掛け声も注目されなかっただろう。
ひとつことに集中すると、その周りに貢献できるということも示した。

“愛ちゃん”と言ってしまうのが申し訳ないほど偉大なアスリートだった。

でも、ついつい“愛ちゃん”と言ってしまいたくなるその人柄も彼女の魅力のひとつなんだと思う。

長いこと本当にお疲れ様でした。

無性に卓球がしたくなった。

ドタキャン

沢田研二がコンサートをドタキャンしたことが話題になっている。

自分もイベント主催の端くれとして「集客」という問題に関わる仕事をしているので、色々と思うところはある。
集客って本当に難しいんですよね。特に今の時代は情報が増えすぎてしまって、そこに埋もれてしまう、というのが一番大きな要因だと思うが、それを解消する良い方法も生まれていないのが事実。
結局、口コミ(それはネット上での誘いも含めて)が一番強いんだとは思うんだけれどね。

とはいえ、ジュリーに「友達呼んでください」とか「手売りしてください」とか言えないよね。規模がそういうレベルじゃない。
ジュリーはもう「ジュリー」という看板で売るしかない。そのアベレージがさいたまスーパーアリーナでは7000人だったということだろう。

7000人も集まったんだからやるべきだ、とか、たとえ一人でもやるべきだ、とかいう意見も多いけれど、今回のキャンセルについてはジュリーと主催者の信頼関係がなかったことが原因なんじゃないかなーと思う。
同じ7000人だったとしても、早くから説得したり、これだけ一生懸命やりましたという誠意を示したり、どうしてもジュリーにここでコンサートしてほしい、という熱意があればジュリーはやったんじゃないかなと思うのだ。
今になって考えれば、事務所とか主催者が「ジュリーが人数少ないとライブしたくないと言っています。このままだとピンチです。家族や友達を一人でも多く誘って来てください!」みたいなぶっちゃけツイートでもしておけばよかったんじゃなかろうか。

当日まで9000人いると2000人サバ読んで伝えていたこととか、座席をつぶして満席感を出したりとか、「満席にします」という約束をそういう姑息な手段で逃げ切ってしまったような印象を受ける(ジュリー側の話しか報道されないから、本当はわからない前提で書いてます。実際はジュリーが本当にワガママな人ってオチかもしれない)。

そもそもジュリーは、さいたまスーパーアリーナを満席にするポテンシャルが自分にはないとわかっていたんだと思う。だからやりたくなかったんだろう。
それでも「やる」という意欲をジュリーに持たせることができたら、少なくとも興行はできたんだと思う。

結局、最終的には、そういう主催者の熱意だとか、お互いの信頼関係がモノを言うと思っている。
それは自分が今まで担当してきたイベントの経験上ね。

今の世の中、集客って本当に水モノだ。
もちろんビッグネーム、ビッグスター、料金設定など、集客をプラスに見込める要素はあるし、それの積み重ねがベースにはなる。なるんだけど、こればっかりは「絶対に上手くいく」ことはほとんどない。
だからこそ興行は、演者と主催者(裏方)の信頼関係で成り立つのだ。

もちろん今後の自分への風当たりを考えれば(そして関係者の中で責任をとらされて人生が変わる人が実際にいるだろうことを考えれば)、ジュリーは舞台に立つべきだったと思うけれど、そんなことはジュリーだってわかっているはずだ。それでも舞台に立たなかったのは、彼の言う「アーティストとしての意地」だけではないのだろうと、イベント主催者の端くれとしては思うのだ(表に現れない結構な“切った張った”はあったはずだ)。

集客はもちろん大事。客席が満席になることが演者の最大のモチベーションであり、喜びであることは間違いない。でも、それ以外の喜びを、主催者が演者に持ってもらえるにはどうしたらいいだろうか。
そんな課題を考えつつ、この話題を見てしまったりしている。

答えはまだ見つからない。
でも考え続けましょう。

ノーベル賞受賞

ノーベル医学・生理学賞を日本人の本庶佑 京大教授が受賞した。

ノーベル賞受賞の研究はレベルが高すぎて、僕には研究自体やその成果がどれだけすごいのかイマイチわからないものが多い中、ガンの新しい治療法を作った(ざっくり言ってますから、厳密には違ってたらゴメン)というのが、僕でもわかりやすくていい。
現にこのオプジーボでガンが完治した人もいるそうなので、なおさらわかりやすい。

本当は、ネットでひとり歩きしている発言の「教科書に書いてあることはたいてい嘘」とまでは言ってなかったり(実際は「教科書に書いてあることを信じないこと。、常に疑いを持って『本当はどうなっているのだろう』と。」とおっしゃって探究心の大切さを語っている)、ジェームズ・アリソン テキサス大教授(この人は「ヤーボイ」という抗ガン剤を生み出す研究をした方らしい)と同時受賞だったりするのが語られない報道姿勢にいささか異議を申し立てたくなるが(逆に「報道をそのまま信じないこと」という皮肉になっているな)、本庶教授の偉大さは変わらない。

ガンもいずれは結核同様、不治の病ではなくなるのだろうか。
世の中は色々変わっていくのだ。

バチェラッチョ

「バチェラー」のカップル破局したそうだ。
バチェラー2代目カップルが破局 https://news.yahoo.co.jp/pickup/6298301

僕は「バチェラー」もそうだけど、「あいのり」やら「テラスハウス」やら、恋愛リアリティ的バラエティ番組を一度も見たことがない。
でもこの「バチェラー」は、そのチャラさというか、ウェイウェイした感じの宣伝だけでイラッとしたので、他の奴よりもすごい印象深い(シーズン1のCMだけどね)。

内容としては、お金持ちの独身イケメンの恋愛対象となるべく選ばれた20名ぐらいの女性たちが、イケメンのハートをゲットするためにデートという名の熾烈な戦いを重ね、最後に彼から選ばれたら勝ちというもの(超、雑な説明)。
説明を書いているだけで 虫酸が走る 大変心を乱されるわけだけれど、一回も見たことのない立場で言わせてもらえば、まあ所詮はバラエティだから、残っていく女性も、合間のやりとりにもある程度演出(という名の脚本)があるんだろうなとは思う。

で、晴れて恋人の座を手に入れたものの、今回破局したとのこと。この二人はシーズン2のカップルらしいが、シーズン1でもダメだったそうで、連続破局っていうのは番組の趣旨として大打撃じゃなかろうか。
でも、そこをあえてちゃんと発表するのは偉い(言わないで外部からバレると印象悪いから先に言ってしまえということかもしれないけどね)。

でも、だからといって「ざまあみろ」とか「ホラ見たことか」という思いは全くない。
もちろん思い入れがないのも一因だろうが、「そりゃそうだよね、結婚となるとそんなゲームみたいなデートで一緒になって楽しかった、じゃ決められないよね」っていう現実感があるからだ。
その部分一点においては、この話はリアルだなーと思う。

もっとお互いが若かったり(初代のバチェラーが36歳、2代目が35歳)、玉の輿ありきじゃなければ結婚まで行くこともあるだろうけどね。
結婚ってやっぱり勢いなんじゃないかな、と思ったりした(経験ないのに)。勢いに任せにくくなるから、遅くなればなるほど結婚しづらくなるのだと思う(これは経験している、っていうか経験中。ウルサイヨ!)。

全然、興味のない、どちらかというと好きじゃない番組のニュースで、そんなことを考えたりした。

疲れてるんだと思う(早よ寝ろ)。

操作感

職場でギャラクシーに触る環境にあるのだが、iPhoneユーザーだと、操作が超わかりづらい。

ガラケーからiPhoneに替えた時に、ボタンがないと文字が打ちづらいとか、操作性に慣れない、とか言っていたのが嘘のように今ではiPhone基準の頭になっている。
考えてみればPCもそうだ。macbookがメインPCになってから、右クリックがないことは気にならないし、そもそももうマウスを使うことがほとんどないのだ。
慣れってすごい。

だからきっとアンドロイドを毎日触っていれば、その操作性に慣れるんだろう。
でも、ユーザーインターフェイスを1画面で完結させることに関してはやっぱりiPhoneが一番優れているように思える。
だってアンドロイドは、iPhoneと“あえて”違う操作にすることで、かえって使いにくくなっている気がするんだもの。

今日、職場の同僚(iPhone5S持ち)に訊いたら新型iPhoneに買い換えると言っていた。僕もやっぱりiPhoneXに買い換えようかなーと50%ぐらいは思い始めている(それでも型落ち狙いというのがチキン)。

一度スマホショップを覗いてみることにする。

敬老

今日は敬老の日。

ハッピーマンデーって、「今日は何の日で休日なんだっけ?」というふうに、忘れてしまいがちだ(僕だけ?)。
二日前に実家帰った時に、「敬老の日」を祝って乾杯したにもかかわらず、今テレビを見て思い出した次第である。

現代は働く高齢者が増えたので、ゆっくり隠居してもらって敬老を祝う、という感じがあんまりない。そもそも「おじいさん、おばあさん」のイメージが全然違う。僕の子供の頃のそれは昔話の絵に書かれた、腰の曲がった気のいい夫婦だったものだ。

順調にいけば、いずれ自分も敬老を祝われる年が来るのだろうけど、とりあえずまだまだそこまでは見えないし、見えなくてよいのだろう。
祝う側でいるうちに、やれることやっておこうと思ったりした。

安室引退

安室奈美恵が引退する。

アムラーというのは調べたら95〜96年に流行したようなので、世代的には僕より少し下の世代なんだろう。確かに僕が大学生のときに一番流行っていたように覚えている(同級生に「アムロ可愛い」って言ってる奴がいた)。

個人的に言えば、「安室奈美恵とスーパーモンキーズ」の頃にダウンタウンの浜田に「サル顔」といじられていたことを(そして僕も全く同じ感想を持っていたことも)覚えていて、その後に「可愛い」のアイコンになったことに驚いたものだし、セガサターンのソフト「ダンスデジタルミックス 安室奈美恵」が発表された時は、その未来感から「セガサターン勝った!」と思った自分の浅はかさを思い出すものだ(あの頃もセガは、技術の稚拙さをものともせずに未来を先取りしすぎていたな)。

あと、東京ゲームショーでスーパーモンキーズ時代の(安室奈美恵とスーパーモンキーズではなくその前だ)安室奈美恵を生で見たことがある。遠目で。
まだ持ち歌がなくTRFの歌を歌っていた覚えがある。多分僕が高校生の時だ。客もまばらだった感じ。
まさかそこから日本のディーバになるとは想像もつかなかった。
そう考えると夢があるよね。

あと、元旦那は僕の高校の先輩だ(学年はずっと上だけど)。

ファンではない僕ですら、このようにつらつらと関係性を書くことができる(それを関係性と呼べるのか?)のだから、ファンとしてはもっともっと思いが強いだろう。これからも人生は続くのだから、別の形で人々に夢を与えてくれるといいなと思う。

新しい奴

新しいiPhoneの発表会があった。

リアルタイムで見たりするほどマニアではないが、iPhoneユーザーで、このブログもMacbook airで書いているということはもう立派なマカーといえるので(嘘)、新型iPhoneの情報はそれなりに気になっている。
本音を言えば、ここ1週間ぐらいで、使っているiPhone 6Sの電池の減り方がだいぶ顕著になってきたから、そろそろ買い換えないと、と思っているのだ。

XSというのが出るらしいが、Xでいいかなーと思う。型落ち狙いというやつだ。
いや6Sの電池交換すればそれで充分なんだけどね(全然マカーじゃない)。

ただ、カメラやビデオはすごい性能が良くなってるんですよね。
自分の持っている3年前のミラーレス一眼やビデオカメラよりも性能が良さそうだし、なにしろ“軽い”というのが良い。カメラもビデオもあまり使わなくなってしまった一番の理由はその重さだ。軽くて性能も良くなっているんならiPhoneのほうが絶対に良い。あとは撮影容量だな。

昨年のX発売から買い替えようと思いつつ、4Sから6Sに買い替えたときにデータ更新に苦労したこともあって、それから電池の持ちさえよければ、6Sに不満はないのだな。
3年前の携帯に不満がでない、ってこのPC日進月歩な時代にあって、appleって良いものつくるよなーと逆説的に考えたりもする。

そんなわけで買い替えを5%、電池交換を50%ぐらい考えている。

衝撃

今日はお気楽なブログ(いつもそんな感じだけれど)を書くつもりが、朝起きて、そういう気分ではなくなった。

日々の記録をしていくということが、毎日ブログを更新している意味でもあるから、その日起きた大きな出来事には触れておこうと思う。

北海道で震度6強(のちに7に訂正)。

夜中に起きたことで、報道もまだ情報がつかみきれていないらしく、テレビの各番組で流れる映像も断片的で、どのくらいの被害なのかはよくわからない。とにかくものすごい衝撃だったことだけは想像できる。
とにかくできるだけ多くの人が無事であることを願う。

今日は朝からバタバタとした一日だったが、とりあえず仕事は終わった。明日休みなので今夜からリフレッシュモードに入るつもり。なにもなく平穏無事であることをかみしめつつ。