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熊谷守一の絵

熊谷守一「生きるよろこび」展覧会に行ってきた。

国立西洋美術館や東京都美術館(ともに上野)、新国立(六本木)にはけっこう行っているけれど、今回の展示がされている国立近代美術館は始めて行った。
最寄り駅の竹橋ってどこだ?と迷ったのも事実。

で、その展示内容だが、熊谷守一の描く絵の変遷がわかるような展示でなかなか面白かった。
ただ、1940年ぐらいと、50年くらいに絵のタッチが大幅に変わっているのだけれど、そのあまりの変わりっぷりに、美術鑑賞の心得がない僕からすると「この人はどっかで頭打ったんじゃないか」と思うほど。
あるいは、お子さんを二人亡くしているので、そのショックでどうかしてしまったのではないか、というくらい、技巧的な初期作とはうってかわってシンプルで明るすぎる(しかし狂気を孕んだ)色使いが独特な晩年の絵が違うので、なんというか、絵を鑑賞する以上に、熊谷守一という人の人生を観にいったような印象を抱いた。晩年の絵のほうが有名らしいし、たしかに味わい深くて印象深い。
そして一番感じたことは、なにより、展示してある作品数が多いこと!
全部で200以上あるらしく、行けども行けども展示してあって、一人でこれだけ描けるってだけで、ものすごい人なんだなーということがわかった。
じっくり観るには気合いが必要です。

東京迷路

今でこそ東京都民ぶってはいるが、なんだかんだと埼玉県民ぶりが抜けず、都内の位置関係が板橋、北区程度しかわからないわけだ。
特に地下鉄の駅はほとんどわからないので、乗換案内が欠かせない。

今日は神保町と竹橋で用事を済ませ、最終的に九段下に辿り着けばいい、という行程だったので、まず最寄駅から神保町へのルートを調べると、神保町ではなく御茶ノ水を使うのが早い(というか早・安・楽な)ことがわかった。それから竹橋に行くには神保町から九段下経由で行くのが良いとのこと。
で、従順に案内に従ったのだけれど、九段下に着いてからわかったのは、神保町と九段下、歩ける距離だということ。
もっと調べると神保町から竹橋も8分で歩ける。

そんな近い距離を電車に乗ってたんかい!

いや、別に目的は果たしたし、運賃が惜しいわけではないんですけどね。でも10分ぐらいの距離なら步いたほうが早かったりするし、電車に乗るっていうのは「歩けない距離の移動」という先入観があるので、なんかがっかりしてしまった。
こうやって経験していくうちに勉強になっていくのだろうけど、地下鉄を乗りこなせるようになって(地下鉄駅の位置関係と距離感がつかめて)はじめて一人前の都民になれるのではないかと思った日だった。

トラブリング

先週末、急遽朝から晩まで仕事をしたばかりだが、今日は事務所で配管トラブルが発生して、定時を過ぎ、帰り時間の目処がたたない。

こういうのって続くんだよなー。と思うと同時に、そういうトラブルに巻き込まれる率も高いな、と感じる。マクレーン刑事か、って。

まあそういう意味では、自分を「主役キャラ」と思い込むことで、色々な感情を押し込めてみます。

終電間に合うだろうか。

アカデミー賞に思う

今年のアカデミー賞が決まった。

昔は「アカデミー賞3部門受賞!」とか「5部門ノミネート!」などの宣伝文句に反応したけれど、最近はそうでもない(観る映画がエンターテイメント系に傾いているからかもしれない)。

でも、受賞した作品や受賞者はやっぱり気になる。
作品賞の『シェイプ・オブ・ウォーター』は、『パンズ・ラビリンス』がちょっと苦手だった(印象には残ったけど)ので劇場では厳しいかなーとか、ゲイリー・オールドマンが初受賞というのは意外だし、でも実在の人物で取って欲しくなかったなーと思ったりした。
そして今、受賞した各部門の作品を調べたら、どの作品も「絶対に観よう!」というものがなくて、それはそれで自分の感性がなんか大丈夫か不安になってきた。
ちなみに今観たいと思っているのは『ブラックパンサー』と『15時17分、パリ行き』。まあ普通のチョイスだとは思う。あと『グレイテイスト・ショーマン』はもう一回劇場に観たい。

で、今一度、17年と16年の受賞作品観たら、そこでも観たいと思うの(実際観たのも含めて)せいぜい2、3作だった。
僕とアカデミー賞はそんな距離感のようです。

気にせず好きなもん観よう。

『グレイテイスト・ショーマン』

『グレイテイスト・ショーマン』を観た。

実在した「サーカス」を作ったP.T.バーナムを主役に据えて、でも内容はフィクションのようだが、夢を追う者の人生がギュッと凝縮されていた。
ヒュー・ジャックマンは、やっぱり主役だなーと思わせる華のあるエンターティナーぶりで流石だったけれど、若き共同経営者役ザック・エフロンの歌が上手くて聞き惚れた。他にも出てくる人たちがみんな歌が上手くて、俳優も今や歌えないとダメな時代なのか、と思う。あと、ハリウッドの人材の豊富さも感じる。

一部のレビューで言われていたように、次から次へと話が進む怒涛の展開で、行間のなさを感じたけれど、それがスピード感を生み出して全くダレずに最後まで楽しめた。楽曲もポップなものが多く、耳に残る。

大作じゃないので、歴史に残るミュージカル映画にはならないかもしれないが、エンターテイメント好きには堪らない作品。
日曜の朝にしては客の入りがイマイチなのが気になったので、もっと多くの人に観てほしい。
観終わった後、「僕も頑張ろう」という気にさせてくれる映画です。

疎い

今日がひなまつりということをインディードのCMで知ったというくらいに時節に疎くなっていた。そういえば、今年は節分もスルーしていた。やっぱりケーキとかは売れたんでしょうかね。ウチは二人兄弟で育ったので、そもそもひなまつりには疎いのかも。

そんなわけで何も意識しない土曜を過ごしたわけで、平常運転で良きことかな、ではある。

花粉症はちょっとひどくなってきてるけどね。

半日仕事

事情があって、朝から晩までの仕事になってしまった。

朝9:30から夜9:20というほぼ半日仕事をしたのだけれど、さすがにきつかった。年とったなーとか単純に思った。

好きなことなら何時間やっても平気なような気がするけれど、最近そういうのも試してない(仕事、「嫌い」ではないですけどね)。
仕事ではなく、趣味を12時間ぶっつづけでやってみようかな、とひらめいたりもした。

暖かくなればなったで

今日の関東は春の嵐が去って、暖かな日だった。
そうなるとでてくるのがアレ。花粉症である。

昨日の夜から、ちょっと鼻がムズムズしたけれど、鼻炎薬を飲むと眠くなるおそれがあるので、我慢して1日頑張ってみた。
でも今日の帰宅後はクシャミが止まらなくなったので、たまらず薬を飲む。

去年は少し弱めな花粉症だったが、今年はどうだろうか。
暖かくなるのはありがたいが、常に何かしら問題は横たわっているものだ。

住みたい街

今年の住みたい街ランキングの1位は横浜らしい。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180228-00000066-asahi-soci

横浜は好きな街の1つだけど、出かけるのが楽しい、という感じがする。住むにはお洒落すぎる印象。海がある街って良いけどね。

9位に大宮、10位に浦和(ともに埼玉県)とかつて住んだことのある街が入っていて、なんとなく親近感がわく。どちらも地元にそれなりに楽しめるところ(ショッピングモールとか映画館とか)があって、東京都心に出るのも楽、という点がウケているのではないだろうか。
ランキングの中で、この2つだけ「利便性」で選ばれている感じがして、それはそれで面白い。

自分はしばらく今いる石神井にいようと思ってます。

過剰ライン

以前は好きだったけど、回を増すごとに好きじゃなくなってきて、最終的にホラーの印象しかないCMがある。

ひとつは「東急リバブル」。
ぐっさん(山口智充)演じるお父さんが社会の豆知識を子供に話すと、子供はそれをはじめて聞いたので嬉々として(お父さんを尊敬して)話を聞くのだけれど、東急リバブルについての知識を言っても「知ってる!」と反応して、お父さんがなんで知ってるの?とビックリする、というアレ。

初めは小学4年ぐらいの息子相手だったのが、話す相手が弟になり、妹も登場して、さらにはおじいちゃんもでてきて、東急リバブルについての知識が半端ない家族が増えていく展開。
回を追うごとに過剰になってきたのは、マンネリとはいえ怖さは感じなかったんだけど、最近のバージョンは、赤ちゃんがでてきて、子どもたちに合いの手を入れるように「リバブル、リバブル」言うのになった。しかもそれを教えたのはお母さん(なぜかリサ・ステッグマイヤー)というオチで、ここで一気にホラー感を感じてしまった。
多分、子どもたちに偏った知識を植え付けてきたであろうお母さんが出てきたことで、この家族が洗脳されてる感を感じるからだ。「理由はわからないけれど、リバブルについて知ってる」うちは笑えたのだけれど、元凶(と言っていいのかな)が出てきてしまって怖くなってしまった。

それと、「トントントントン日野の2トン」のCMも怖い。リリー・フランキーの怪演もあるから、これは「東急リバブル」以上に最初からちょっとホラー気味だったけど、最近は保育園にお迎えにきた堤真一の息子が、崩れてきた積み木の前で立ち止まって「危険を察知!」という奴。これも怖い。リリー先生に洗脳されてる感があるからだろうか。

と、ここまで書いて気がついたのだが、どちらも赤ちゃんや幼児という到底喋らない存在が、ありえないセリフを言うのが怖いだけかもしれない。それが笑うとこなんだろうけど、言うセリフが業者の宣伝だから「意味も分からず言わされている=洗脳感が強い」のかもしれない。
赤ちゃんが喋る、というのがどうやら僕の過剰ラインのようです。

あと、まともな人が一人いる(ここではぐっさんと堤真一)というところも『世にも奇妙な物語』みたいな印象ができて怖いのかも。
逆に登場人物がみんなおかしい「ロト7」の宣伝はホラーに思わない。今やってる奴はアドベンチャー映画みたいになって、展開の方向性が読めないのもシュールすぎて笑える(最初の柳葉&妻夫木のみの関係のときとは笑いの意味合いは変わってきてるけど)。
こういう過剰ラインは超えても大丈夫なのだ。

なんていうか、CM見て自分の感情を分析するっていうのも、ずいぶんCMに対して過剰な反応だけれども。